第214話 秘伝のチーズケーキ
「失礼いたしますご主人様、レイです。今お時間よろしいでしょうか」
「あ……う、うん! いいよっ!!」
「わわっ!?」
メイドのレイの声が聞こえると、リクレールとヴィクトワーレは慌てて顔を離した。
入室許可をもらったレイは、恭しく頭を下げながら執務室に入室したのだが――――何やらリクレールとヴィクトワーレが妙によそよそしく赤面しており、どことなく甘い雰囲気を醸し出しているのがすぐにわかった。
メイドにとって主人の顔色を正確に伺うのも技能の一つなので、こういったことはすぐにピンとくるのである。
「あの……ひょっとして私、お邪魔してしまいましたのでしょうか?」
「い、いや大丈夫、ちょっと大事な話をしていて……もう済んだから」
「そうそう! 集中してたからちょっとびっくりしていただけ!」
「……そうですか」
メイドとしてはあるまじき感想かもしれないが、レイはリクレールたちのやり取りを見てどことなくモヤっとしたものが自分の胸に湧き上がるのを感じていた。
(これは……ご主人様たちがお幸せならそれでよいはずなのに、なぜこんな気持ちになるのでしょうか)
そんな自分の中のモヤモヤを振り払うように頭を振ってから、レイは改めてリクレールに用件を伝える。
「ご主人様やヴィクトワーレ様は最近ますます働き詰めで、そろそろお疲れではないかと思いまして、このようなものを作ってまいりました」
「そういえばさっきからいい匂いがする……これは、チーズの香り? でも、蜂蜜の香りもする」
「疲労回復には甘いものが一番です。少々材料の調達に手間取ってしまいましたが、こちらをどうぞお召し上がりください」
そう言ってレイが用意したのは、パイ生地の上にクリームのようなモコっとしたものが黄金色に輝いている、タルトのような見た目の食べ物だった。
「わぁ、美味しそうね! 私も食べていいの?」
「はい勿論です。よろしければお茶もお入れいたしますので、一度ご休息なさってはいかがでしょうか」
「本当に何から何までありがとう、やってもらってばっかりだとなんか悪い気がするけど」
「そのようなことはございません、これも私の役目ですので」
せっかく軽食とお茶を用意してもらえるということで、リクレールはいったん休憩することにし、早速作ってくれたお菓子を一口運んだところ…………
「っ!!?? なにこれ……すごく、美味しいっ!」
ふわりとした食感と濃厚なチーズの味、そしてわずかな柑橘系の香りが下から口全体に広がり、甘みが直接脳まで染み渡るように感じた。
士官学校時代に何度か帝都アルクロニスの露店で売られている甘い食べ物を口にしたことはあったが、それらとは比べ物にならない衝撃的な味に、リクレールは思わず目を大きく開いてしまっていた。
「本当……驚いたわ。これってもしかしてチーズケーキ……?」
「はい、ヴィクトワーレ様の仰られる通り、これは私だけの秘伝のレシピで作った特製のチーズケーキでございます。元々は特別な日に妹たちのために作っていたのですが……喜んでいただけたようで何よりでございます」
「秘密のレシピ……なんだかすごそう! そんなものを僕が食べてよかったの!?」
「……ご主人様は、貴族であるのに毎日目が回るほど働かれております。なので、せめて一時の癒しだけでもと思い、全力を尽くさせていただきました」
「そうなんだ……おかげで疲れが吹き飛んだ気がするよ! これでまたたくさん頑張れるね!」
「あ、あの……あまりご無理はなさらないでください!」
休んでほしいのにさらに頑張ろうとするリクレールを止めようとするレイだったが……リクレールが自分が作った特製のチーズケーキを食べて、美味しいと言いながら驚いてくれたことがとても嬉しかった。
(よかった……私もちゃんと、ご主人様の力になれる!)
レイは心の中で嬉しそうにつぶやきながら、満面の笑みを浮かべるのだった。




