第21話 魔族軍残党
先の戦いでは、リクレールの姉マリアをはじめとした実力者たちが大勢戦死したことで、痛み分けと言いながらも実質敗北と受け止めていた人間勢力だったが、対する魔族軍側も自分たちが勝ったと思う者はほとんどいなかった。
彼らの目的はモントレアル侯爵領をはじめとするいくつかの豊かな土地を占拠し、豊富な物資や奴隷となる人間を多数確保することが目的だったが、人間側の抵抗があまりにも激しかったせいで魔族軍は15万人以上の戦力を喪失し、その上略奪も思うようにいかなかったため戦利品を殆ど得ることができなかった。
たくさん殺してたくさん奪うことが彼らにとっての強者の証であるがゆえに、散々な被害を被りながらおめおめと手ぶらで帰ろうものなら、ほかの魔族連中に一生見下されることになるだろう。
ゆえに、魔族は魔族なりに必死だった。
「いいかテメェラ! ニンゲンどもの軍隊がいなくなった今がチャンスだ! 戻ってくる前にありったけ奪うぞ!」
『オォーッ!』
赤褐色の筋骨隆々の肉体に、ぼさぼさに生えた黒や焦げ茶色の髪の毛に牙のように頭部に生えた二本の角、そしてなめし皮や木材などで作られた防具を身につけた、見るからに「人間」とは一線を画す容姿を持つ彼らは、魔族の中でも比較的ポピュラーな「オーガ」という種族だ。
そのオーガ族の中でもひときわ目につく、赤黒い肌の巨体を誇るリーダー的存在がおり、名をヤンガラという。
ヤンガラは先の戦いで生き残った数少ない魔族軍の武将であり、セレネ率いる騎士団の残党退治を隠れてやり過ごし、去ったとみるや否やほかの生き残りの魔族軍残党をまとめ上げて一気に巻き返しを図るという、機を見るに敏な性格であった。
ヤンガラが口火を切るようにいくつもの村々を襲撃すると、彼の動きに呼応するようにあちらこちらで隠れていた魔族軍残党が集結し、たった3日でかなりの大軍に膨れ上がった。
もちろん、モントレアル侯爵家もこの動きを見過ごすことはできず、直ちに軍隊が討伐に向かったのだが、モントレアル侯爵軍もまた先の戦いで戦力を大幅に失っていたため、魔族軍残党の数の暴力に押し切られ、逆にモントレアル城に押し込まれて包囲される始末だった。
「ヤンガラの兄貴ィ、ニンゲンの奴ら城に閉じこもっちまいやしたぜ。カチコミしやすか?」
「いんや、しばらくは奴らを脅して閉じ込めたままにしとけ。人数は半分もいりゃ十分だろ。オベル、残りの半分で周りの村や町を略奪してこい」
「へへへっ、さっすがは兄貴だ! そんじゃ、ちょいくら子分ども連れて略奪にお出かけしてくらぁ!」
ヤンガラの命令を受けた魔族軍残党たちは、弟分のオベルと共に我先にと略奪のためにあちらこちらの村々へ散っていった。
そして、残った半数で城の周囲を包囲し、略奪に向かった部隊が襲われないよう人間たちの軍を閉じ込めてしまった。
ただ、包囲のために残った魔族たちは自分たちが略奪に向えないことが少々不満そうだった。
「なんだ、攻めねえのかよ。ヤンガラ様にしちゃ珍しく慎重だな。いつもならこんな城、ゴリ押しでソッコー破壊しちまうのによ」
「ま、あの負け戦の後じゃ無理もねぇさ。それに……聞いた話じゃ、ヤンガラ兄貴のカミさん、そろそろ赤ん坊が生まれるらしいぜ」
「ははは、それじゃこんなところで死ぬわけにゃいかねぇな! 俺も家にガキどもを3人残してきてんだ、土産の一つや二つ持って帰らねぇとな!」
ヤンガラをはじめとした魔族軍の兵士たちも、家に帰れば待っている家族がいる。
彼らはなんとしてでも数少ない生き残りとして、故郷に凱旋することを心に誓った。
(マハルシア……もう少しだけ待っていてくれ。お前と、生まれてくる子のために、しっかり土産をもって帰るからな)
ヤンガラも、はるか遠くの故郷で待つ愛する妻と、まだ見ぬ我が子のためにも必ず生きて帰ろうと強く心に決めたのだった。
その先に待ち受ける運命を知らずに…………。




