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第208話 温泉に入っている場合じゃない

「はぁ~いい湯だ。大地の恵みが、老いた体の隅々まで染み渡って…………若返るようだ」

「はっはっは、年寄りだなんだ言ってるクセに、まるで鋼のような肉体じゃねぇか、アッチのほうもまだ鋼鉄並なんだろ」

「面白いジョークだな、モーガン。お前の方こそ、とても60歳のガタイとは思えんぞ、どこで鍛えてるんだ」

「バッキャロ、俺は年がら年中ハンマー振るってんだ。力だけなら、そこいらの若造騎士どもには負けねぇよ」


 ロディ峠の防衛陣地にある温泉施設で、コンクレイユ侯爵ベルリオーズと、大工の棟梁モーガンが湯につかりながら、お互いの筋肉について語り合っていた。

 そこに、重臣のジュネスが服も脱がずに知らせを届けに来た。


「このような場所で失礼いたします閣下、伝令から驚くべき報告がございます」

「なんだ、こんなところまで服のまま入ってくるとは、さぞかしとんでもない知らせなのだろうが、いったい何があった?」

「はっ、レオニス殿下が生きておいででございました。北方の町イリーシュにて、ビュラン様と共に蜂起されたとの知らせが届きました」

「それは真か!!」


 レオニスが生きていただけでなく、ビュランまで――そう、ビュランはベルリオーズの長男なのである。

 使えるべき主君と大事な跡継ぎ息子が両方無事に生きていたと聞いたベルリオーズは、思わず興奮して湯船から立ち上がり、その見事な肉体美と鋼鉄並の()()があらわになった。


「こうしてはいられん、すぐに部下たちを集合させろ! 忙しくなるぞ!」

「承知しました」

「おいおい……忙しねぇな。もう少し老人を労われってんだ」


 のんびり温泉に浸かっている場合ではないと、ベルリオーズはたちまち服に着替え、司令部となっている砦にコンクレイユ軍の主たる将や騎士たちを集め、改めて皇太子レオニスと長男のビュランが生きていることを通達した。

 コンクレイユ軍の人々はその報告を聞いて、先と戦いで勝利した時以上に喜び合い、やる気に満ち溢れた。

 ここで彼らがレオニスたちと合流できれば、正統性は圧倒的にこちら側に傾くことになり、マルセラン側についていた有力諸侯や、様子見をしていた貴族たちも、一気にこちら側につく可能性が高まるわけだ。


「して閣下。おそらく帝国軍本隊にもこの知らせが届いている頃かと存じますが、敵の動揺に乗じて一気に撃破するというのは?」

「いや、ここで欲を出せば却って窮地に陥った帝国軍が必死の抵抗を試みてくることも考えられる。それに、わが軍はいまだに兵力は劣勢、平地での戦いは避けたい。それにマルセランのことだ、破れかぶれでこちら側に攻めてくるよりも、体勢を立て直すべく一度帝都に引き上げるはずだ。わが軍は向こうの動きに合わせ、間違ってもレオニス様の方に全力を投じられないよう圧力をかけ続けるのだ」

「しかし、それではマルセラン様……いえ、僭称者マルセランをみすみす逃がしてしまうのでは?」

「今はそれでよい、いずれにせよわが軍には帝都タイラスルスまで進軍するだけの余裕はない。であれば、一旦は帝国軍本隊を北方にくぎ付けにすることで、彼らがユルトラガルド侯爵の方に力を割く余裕がないようにするのが妥当であろう」

「確かに……では、その方向で進めます」


 ベルリオーズはあくまで冷静であった。

 ここでマルセランを撃破できる可能性もあったが、今はレオニスたちとの合流を優先することにしたのである。

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