第2話 暴君
「僕にできるって言うの? どうやって?」
『敵にも味方にも、等しく恐れられる強大な君主、すなわち暴君となるのですわ』
「暴君だって!?」
想像もしなかった言葉に、リクレールは自分の耳を疑った。
彼自身、自分を優しい……というより、小心で優柔不断で威厳の欠片もない存在だと思っている。性格的に、暴君に向いていないのは明らかのように思えた。
「さっき言ってたよね! もしできるのなら、姉さんが残した侯爵家も、この国で暮らす人々も、全部守りたいって。それなのに、国を私物化して人々を苦しめる暴君なんかになったら……」
『リクレール様がそう考えるのも無理はありませんわ。ですが……暴君とは『結果』ではなく『在り方』なのでございます。貴方様は自分を小心で優柔不断、威厳の欠片もない存在と思われておられますが』
「な、なんでわかるの?」
『であるからこそ、家臣の方々から軽んじられてしまうのでしょう。弱気で決断力のない君主では、家臣はついてこないと思いませんか?』
エスペランサの言葉にリクレールはぐうの音も出なかった。
確かに、もし自分が誰かの下につくのであれば、自分のような情けない君主の下で働きたいとは思わない。
『人々を従わせる方法は大きく分けて二つありますわ。お姉さまのように、大いなるカリスマで導くか……圧倒的な恐怖で無理やり従わせるか。もちろん、恐怖での支配には多少の痛みが伴うでしょう。ですが、それを上回る利益が得られれば、結果的にそれが正しい道となるのです』
「そんな……」
心優しいリクレールにとって、エスペランサの考えはあまり受け入れたくないものだった。
しかしながら、彼自身に姉ほどのカリスマがないのは事実であり、弱い自分のままいては、姉が命を懸けて守ったこの国は1年持たずして滅びてしまうだろう。
(そうだ、今は甘えている場合じゃない。僕はすぐにでも強くならなくちゃいけないんだ。たとえ僕自身が破滅したとしても、この国と人々を護って、姉さんの敵を討てるのであれば)
「魔剣」などという仰々しい存在から与えられる力など、十中八九ろくでもないものだろうし、こういった形で力を借りた者が行きつく先が破滅だろうということは想像に難くない。
けれども、今の危機を乗り越えるためには、藁をもつかむ気持ちで力を借りるほかに選択肢はない。
「……わかった。エスペランサの言う通り、僕は暴君となってでも、この国を導いていきたい。君の力を……貸してほしい」
リクレールはエスペランサの目をまっすぐに見て、乾いた喉から絞り出すように答えた。
その言葉を待っていたとばかりに、エスペランサはニッコリと微笑んだ。
『ふふっ、では契約成立ですわ』
エスペランサの美貌が迫ってくる……と、思う間もなく、唇を柔らかい感触が包んだ。
リクレールは茫然としすぎて、自分がファーストキスを奪われたことに気が付くまでしばらく時間を要した。
「え? えっ、ええっ!? 僕、キスしちゃった!? ね……姉さんともしたことないのに!?」
『……それは当然のことでございますわ。コホン、それはともかくといたしまして、これでリクレール様は正式にわたくしの主……今後は主様とお呼びいたしますわ。ふふ、末永くよろしくお願いいたします、主様』
「は、はいっ」
こうして、正式に契約を結んだリクレールと魔剣エスペランサ。
さて、これからどうしようかと話し合おうとしたとき、扉の外から聞きなれた声が聞こえてきた。
キャラクターノート:No.002
【名前】マリア・アルトイリス
【性別】女性
【肩書】アルトイリス家前当主
【年齢】21(享年)
【クラス】ウォーロード
【好きなもの】弟 公正さ
【苦手なもの】政務 裁縫