第199話 喜べぬ勝利
こうして、ロディ渓谷を舞台としたコンクレイユ侯爵軍と帝国軍本隊の戦いは、帝国軍本隊がかつてない一方的な大敗北を喫する結果となった。
防衛側のコンクレイユ侯爵軍は負傷者こそ出したものの、戦死者は0で、文字通り一兵も失うことなく戦いを終えたのに対し……帝国軍の損害は数え切れず、11000人以上いた軍勢のうち、少なくとも2000人以上が戦死、もしくは戦闘不能な重傷を負い、負傷者はその倍以上にのぼるとみられた。
山の上の切通しまで続く坂道は帝国兵たちの遺体でびっしりと埋まり、彼らの血肉は地面を隙間なく紅に染め上げていた。
数の優位を生かせない相手に対するお手本のような山岳防御と、猛烈な反転攻勢で幕を閉じたこの一連の合戦は、後世で「ロディ渓谷の崩落戦」という名で戦史に大いにインクを加える事となるも――――勝利の立役者となった者たちの表情は浮かないものだった。
「地獄のような光景だな」
「左様でございますな、閣下」
「彼らは本来、魔族との戦いで肩を並べる戦友になるはずだった。それをここまで一方的に虐殺したのは、流石に心に来るな」
「……この戦いが終わったら、もう2度とこのような内乱を起こさぬようにせねばなりませんな」
ベルリオーズとジュネスも、流石にこの光景を見て後味悪く感じたのか、同じ人間同士でこのような凄惨な殺し合いをさせないようにしなければと強く心に誓ったのだった。
対するマルセラン側は悲惨そのものだった。
大軍の利を生かせないまま、愚直な正面突撃を敢行した結果、見事に敵の術中にはまり大損害を被ったあげく、敵陣を突破することさえできなかったことは大変ショックであったが、それ以上に優秀な将を大勢失ったのも痛かった。
特に、藍熊学級の担任ラマズフテに黄獅子学級の担任ロシームの両名が戦死したことで、生き残った学生たちを統率する者がいなくなったのと、マルセランを支える最有力諸侯の一人であるシェムスタ侯爵ヴィシーニまでがいなくなってしまったことで、帝国軍内の統率に大きな乱れが生じてしまったのは非常に拙い状態だ。
「わが軍の損害は…………?」
「それが……現在判明しているだけでも、わが軍はこれだけの被害が出ております」
マルセランは、生き残った側近から自軍の損害に関する現時点での報告書を受け取り目を通し、思わず頭を抱えたくなった。
まさに大敗、それもぐうの音も出ないほどの大敗であった。
これで、前回の魔族との戦いのように相手側にも大損害を与えて、実質痛み分けで終わったのであればまだ何かしらの言い訳ができたかもしれないが……相手に全く損害を与えることなく一方的に敗北したとあっては、皇帝の権威は一気に低下することとなるだろう。
「一部の将からは、陛下の威光を取り戻すべく、白竜学級の生徒たちを先頭に翌日にでも再攻撃を実施すべきとの意見が……」
「バカなことを言うな。兵は疲れ果て、傷つき、士気も大幅に下がっている。むしろ、コンクレイユ軍から損害覚悟の猛攻撃を受ければ、わが軍は今度こそ粉々に打ち砕かれてしまうぞ。とにかく今は、帝都からの増援を待ち、改めてどのように攻略すべきかをじっくりと計画するのだ」
「はっ……」
この期に及んでまだ攻撃を主張する者たちがいることにマルセランは愕然としつつも、後で自分から言い聞かせることとして、側近を下がらせた。
そして一人になった後に改めて彼は、自分が想像以上に困難な状況に陥っていることに頭を抱えた。
少なくとも、帝都で増援部隊を編成中のデュカスが来るまでは、積極的な攻勢は控えなくてはならず、兵たちの不満も日に高まるのを何とかなだめなくてはと考え気が重くなっていたが…………この後、さらなる絶望が舞い込んでくる羽目になろうとは、彼まだ知る由もなかった。




