第197話 ロディ渓谷の崩落戦 9
戦線が崩壊したことにより、帝国軍本隊は完全に潰走状態となった。
マルセランの元にも次々に前線の部隊から敗北を知らせる伝令が届き、否が応でも決定的な敗北を喫したことを思い知らされる。
「報告! 藍熊学級および黄獅子学級の部隊は敵の罠により大打撃を被りました! ラマズフテ様もロシーム様も戦死したとのこと!」
「シェムスタ候がお味方の撤退の最中、落馬して消息が不明との知らせが! おそらくはもう……」
「反乱軍の攻撃はなおも止まりません! こ、このままではいずれこの本営まで到達いたします!」
「くっ……もはやこれまでか、侮っていたつもりはないが、まさかここまで手痛い打撃を受けるとはっ!」
マルセランは悔しさと、自らの拙い指揮により味方を大勢死なせてしまったことに憤慨し、机を強く叩く。
だが、それだけで事態が好転するわけでもないので、マルセランはなおも感情を押し殺しながら自らの周囲にいる将軍たちに矢継ぎ早に指示を出していく。
「こうなった以上は体勢を立て直して反撃することも難しい。全軍撤退に移れ、陣地まで撤退するぞ。後詰の部隊はすぐに私に続け、撤退する味方にこれ以上の被害を出さぬよう援護するぞ!」
「ま、マルセラン様……もしや自ら殿をなさるおつもりでございますか!?」
「当然だ、この敗戦が私の責任であるならば、せめて私が矢面に立たねば示しがつかん!」
元来責任感が強く部下思いのマルセランは、せめて一人でも多くの味方を救おうと自ら殿に立とうとして、大勢の将軍たちに諫められた。
マルセランはなかなか納得せず出撃を思いとどまろうとしなかったが……ここで、今まで戦闘に加わっていなかった、アヴァリスをはじめとした白竜学級の学生たちがマルセランの前に出てきた。
「陛下! ここは俺たちが食い止めますから、今のうちに撤退してください!」
「アヴァリスか……いや、藍熊学級や黄獅子学級の者たちが多数犠牲になった以上、お前たちにまで無理をさせるわけには……」
「アヴァリスの言う通りですよマルセラン様。マルセラン様はもう一人の将ではなく……西帝国の将来を担う皇帝なのですから」
「ここで戦死してしまえばすべてが水の泡、帝国は終わりなき内乱に突入します! だからどうか、ここはお引きください!」
「そうか……そうであったな。私はもう皇帝なのだから、私情で判断するわけにはいかぬか。わかった、そなたらの進言にしたがい、今は退こう」
なんと、アヴァリスたちは殊勝にも自らがマルセランに代わって殿を務めると言った。
マルセランもこれ以上貴重な若い才能を失わせるのを逡巡したが、自分はもう将軍ではなく皇帝になったということを思い出し、自分の身を守るべくそのまま退却することを決意するのだった。
「これでよかったのかアヴァリス、俺たち貧乏くじだぜ?」
「よかったもなにも……今ここで皇帝が戦死するのは早すぎ――――じゃなかった、帝国にとって大きな打撃だ。何よりこの戦いで何もしないうちに逃げたとあれば、俺たちの名誉にもかかわる」
「まあ、あの地獄の坂道で戦うよりかはよっぽどましだ。こっちが反撃の構えを見せれば、向こうも深追いはしてこないはずだ」
「俺は戦えるなら何でもいい、味方とは言えほかの学級に先を越されるのは屈辱だからな、死んだあいつらの分まで戦ってやるぜ」
戦うことだけが生きがいのブランシャールは別として、アヴァリスも本心では撤退の援護という地味かつ危険が大きい戦いなどやりたくはなかったが、ここでマルセランが戦死しようものならアヴァリスが後継者指名されないということになり、すべての計画が台無しだ。
それに、アヴァリスの言う通り、戦闘に参加しないまま敗北して撤退する羽目になったら、味方が負けるのを黙ってみていた卑怯者のレッテルを貼られかねない。
こうして、白竜学級のメンバーと彼らが率いる騎士たちは、逃げる帝国軍を背後から虐殺し続けるコンクレイユ侯爵軍を止める為、陣形を整えて正面から迎撃した。




