第191話 ロディ渓谷の崩落戦 3
翌日、いよいよコンクレイユ侯爵軍と帝国軍本隊の戦いが幕を開ける。
高地に陣を構えるベルリオーズ率いるコンクレイユ侯爵軍が6000人の兵力に対し、マルセラン揮下の精鋭約10000人が攻撃に参加。
数の上では帝国軍本隊がやや優勢と言えたが、完全に地の利を得たコンクレイユ軍に対しては、この程度の数的有利はあまり効果的とは言えなかった。
「閣下、敵の攻撃が始まりました」
「うむ……さすがは精鋭の西帝国本隊、装備も動きも洗練され、数に任せた力押しの魔族と比べると明らかに手ごわい相手だろうな」
方陣を組み、盾を前面に掲げながら、ゆっくりと坂道を登ってくる帝国軍に対し、この前までの味方と戦う羽目になるベルリオーズの心境はかなり複雑であった。
弓兵や投石機の合図を出すタイミングを計るため、高台からじっくりと相手の動きを見つめるベルリオーズだったが……暫くして、敵の動きに妙な違和感を覚えた。
「遅いな」
「如何しましたか閣下」
「必要以上に警戒しているのかはわからぬが……敵の歩みがあまりにも鈍い。それなりに傾斜のある坂道とはいえ、この道は平時であれば大型の馬車でも越えられる。なのに、奴らの足取りは遅々としている…………何か策でもあるのか?」
ベルリオーズが指摘したように、攻め登る帝国軍の先陣の歩みは非常に遅い。
それもそのはず、帝国軍はこれまでの強行軍の疲れが完全に抜けきっておらず、士気こそそれなりに旺盛だったが、足が思うように動いていなかった。
それに、装備もそれなりに重く、盾を構えて陣形を維持しながら坂を登るとなると、やはりどうしても進む速度が遅くなる。
それらの事情が重なったことで、防衛側の射程まで到達したころには、まるで赤ん坊が這いずるかのようなスピードとなった。
おかげで、後続から登ってくる藍熊学級の生徒たちと士官学校の騎士たちは、先陣の帝国兵の後ろで渋滞を引き起こしていた。
「ぬぬ……遅いっ! 先頭は何をしている! 全く進んでいないではないか!」
「先生、どうも前の帝国兵たちは疲れて息切れしているようです!」
「そんなバカな話があるか! ここまでノロいと敵から見ればいい的だ! ケツを蹴飛ばしてでも前に進ませろ!」
頑強な鎧を着こみ、馬鎧で覆われた大型馬の馬上から指揮するラマズフテは明らかに功を焦っていた。
ここで自分たちが目の前の敵を粉砕し、功績を上げなければ、美味しいところはまた白竜学級たちに持っていかれるかもしれない……そのことが我慢ならない彼は、前を進む帝国軍にさっさと進軍速度を上げるよう強く促した。
これにより先陣の進軍速度は少しは上がったものの、せっかく慎重に組んでいた隊列に乱れが生じてしまう。
そして不幸なことに、そこから先は防衛陣地の射程圏内であった。
「よし、敵を十分に引き付けた。投石器に合図を送れ」
「はっ」
今が好機と見たベルリオーズは、伝令兵を投石器の陣地に送り、射撃開始命令を伝えた。
「伝令! 投石器は攻撃を開始するようにとのこと!」
「おっしゃぁ、いよいよだ俺たちの力作がうなりを上げるぜ!」
伝令を受け取った大工のモーガンをはじめとする投石器部隊は、命令を受けてすぐ投石器の留め具を外して、バケットに積まれていた大量の石弾を放り投げる。
複数積まれていた、人の頭より少し小さいくらいの石弾は、てこの原理を利用して放物線を描くように300ラザル(1ラザル=約94cm)ほどの距離を飛んでいき…………街道を進む帝国兵の周囲に轟音と共に着弾した。
「う、うわああぁぁぁ!?」
「今のは一体なんだ!?」
「と……投石器だ! 奴ら、投石器を使ってきやがった!」
幸い直撃自体は免れたが、突然飛来してきた石弾の着弾に驚いた帝国兵たちは一気に大混乱に陥った。
そして、後ろから帝国兵を必死で追い立てていたラマズフテや士官学校生たちも、一瞬あっけにとられたが、すぐに自分たちが完全な死地に陥ったと理解する。
「バカな、投石器だと!? やつらめ、防衛陣地だけでなくこんなものまで……! 何をぐずぐずしている、早く進め! 足を止めたら潰されるぞ!」
敵が投石機で攻撃してくるとわかった以上、密集陣形のまま進むのは自殺行為と言えたが、坂道の途中で前と後ろが渋滞している以上、散開することはできなかった。
彼らに出来ることはただ一つ、一刻も早く敵の陣地まで攻め上り、投石器を破壊することだ。
しかし、その道のりは非常に遠かった。




