第18話 魔剣と歩む第一歩
その日の夜――――
『あのいけ好かない小娘も邪魔な聖剣もいなくなり、実にすがすがしい気分ですわ。これからは主様のすべてこのエスペランサが導いて差し上げますので、どうぞ頼ってくださいませ』
「頼るのはいいんだけど、僕の数少ない親友を「いけ好かない小娘」呼ばわりはしちゃダメだ。これは主様の命令ってことで、いいね?」
『……善処いたしますわ』
自身を封じていた聖剣を嫌うのはともかくとして、なぜエスペランサがセレネを嫌うのか、リクレールもいまだによくわからないようだ。
『さて主様、これから先、本格的にこの国が自立していくわけでございますが、当初の目的はもちろんお忘れではないでしょう?』
「もちろん。僕の望みは、マリア姉さんの仇を討つことだ。そのために君と契約して、暴君なんてものを目指すことになったのだから」
『はい、まさしく主様の望みはお姉さまの仇討ちですわ。そして、わたくしにはその目的を達するためのあらゆる手段を提供できるだけの力がございます。そのうちの一つは、主様がたとえ今非力であろうとも、わたくしが力を齎せば、まるで達人のような剣捌きで敵を薙ぎ払うことが可能となりますわ』
「達人のような剣捌き……な、なんだか俄かには想像できない」
リクレールが家臣たちから軽んじられる理由の一つが、武門の家系にありながら同年代の男子と比べてもかなり非力で、運動神経が欠如していることがあげられる。
幼いころから両親より散々厳しい訓練を受けたのだが、訓練方法が体に合っていなかったため、すぐに体調不良となって下手をすれば数日寝込んでしまう。
今は士官学校にも通っているが、座学の成績は年齢の割に非常に優秀な成績を収めているものの、肝心の武術の成績がさっぱりであり、このことがさらに家臣たちからの評価を引き下げている。
だが、もしその弱点を完全に克服できるのだとしたら、家臣の評価を一気にプラスに転じられるかもしれない。
『そのようなわけで、もしお姉さまの直接的な仇と対決することになろうとも、わたくしがいれば安泰でございます』
「なるほど、それは心強いね。けど、実際にどれくらい戦えるようになるかわからないことにはなんとも」
『その点についてもぬかりはございません。そう遠くないうち、おそらく数日以内にはわたくしの力の一端を主様にお見せできるかと存じますわ』
「数日以内?」
『はい、あくまでわたくしの予想ではございますが、可能性は高いとみていますわ。まあ、わたくしの予想が外れたとしても、別のプランがございますので、ご心配なく』
「…………」
エスペランサが「近々自分の実力を見せることができる」と自信満々に言うが、それはつまり数日以内にアルトイリス侯爵領か、あるいはその周辺でそれなりの規模の戦が起きることを意味する。
だが、この前まで各地で小競り合いをしていた魔族軍の残党は、セレネたちの活躍によってあらかた撃破されたはず。
そうなると考えられるのは、最近治安が悪くなっているせいで、各地に出没する盗賊や山賊たちの退治くらいだ。
『あ、そういえば主様に一つお伝えしていないことがございましたわ』
「伝えていないこと?」
『わたくしエスペランサは「魔剣」などと呼ばれておりますが、もとはと言えばあの聖剣と同じく、魔の物を滅するために鍛え上げられあげられましたわ。封印されてから永い年月が経ったとはいえ、魔族という存在がいかに強力で狡猾で……諦めが悪いかをよく存じております』
「ということは、魔族軍の残党がまたどこかで暴れるということか。そうなったら、今のこの国では……」
『そのためのわたくしですわ。とはいえ、流石に主様一人で立ち向かうのはまだ無謀でございます。わたくしも、まだ完全に力を取り戻しているわけではありませんから。ゆえに、すぐに軍を動かせる体制を整えておくべきですわ。家臣の方々には、周囲の賊討伐のためと言って兵力を供出させましょう』
「うーん、この前の戦いで家臣たちからかなり兵を召し上げた手前、もう一回出してくれるかな?」
『まあ、最悪の場合でも侯爵領直属兵は数少ないながらも残っておりますし、ヴィクトワーレ様の騎士団とご友人のシャルンホルスト様も多少護衛をお持ちのようです。それに、アンナ様が残留いたしましたので、彼女の直属兵も残っておりますので、最低限の兵力は動員可能ですわ。それに…………』
「それに?」
エスペランサは少々悪い笑みを浮かべながらこう言い放った。
『そろそろ家臣団の恐怖が薄れる頃合いでしょう。主様が本気であることを改めて示すいい機会ですわ』
キャラクターノート:No.010
【名前】インテグラ・オルウィナンド
【性別】女性
【年齢】31
【肩書】ミュレーズ家騎士団軍師
【クラス】戦略家
【好きなもの】説教
【苦手なもの】無視されること




