第17話 しばしの別れ
同じころ、出発の準備を進めるミュレーズ家騎士団の陣営では、アルトイリス家に残ることになったアンナがそのことを軍師のインテグラや同僚だったシェリンとエンデルクに説明していた。
「話すのが直前で申し訳ない。セレネ様にはもう伝えてあるが、私はアルトイリス侯爵家に残ることに決めた」
「なるほど、わたくし個人の意見としましては、アンナさんが移籍をやめるということに関しては、それがご自身の意志であるならば、こちらも無理に引き留めすることはないと思う次第ですが、一度決定したことを直前になって翻すというのはいささか無責任であると同時に、双方の軍の計画にも重大な影響を及ぼすことは必然であるということを重々承知いただきたく存じます」
「あんたの話はいちいちなげぇな。きっぱりとギリギリで言うんじゃねぇって言やいいんだ」
「ああ、それについては私も申し訳なく思っております。何分、弟君……いや、リクレール様から申し出があったのが昨日だったもので」
「あなたが心変わりするなんて、珍しいこともあるものね。幼君の面倒を見るなんてごめんだって言ってたじゃない。もし……脅されたとか、弱みを握られたとかあれば、今からでも遅くない、私に相談してほしい」
「大丈夫、これは私も納得の上で決めたことだから」
特にシェリンは親友の突然の心変わりに困惑するばかりだった。
アンナは昔から実力主義者だったし、無能な相手には味方であっても容赦なかったのはよく知っている。
(それとも、アンナはあの子に何か将来性を見出したというのかしら)
その一方で、アンナもまたリクレールが昨日話してくれたことに嘘はないことを改めて確認できた。
(私だけに声をかけたというのは本当だったようね。少なくとも今は、誠実に申し出てくれた、ということか)
シェリンやエンデルクは、自分たちがリクレールに声すらかけられなかったことに何も感じないだろうが、アンナは自分だけが選ばれたことがわかって少しだけ嬉しくなった。
それに、給料が今までの2倍もらえるというのもなかなかおいしい話だ。
アンナにとってはほとんど賭けになるが、もしアルトイリス家が全盛期の力を取り戻すことができれば、将来的にも大出世間違いないだろう。
「まあ、あなたが決めたのであれば、私から何も言うことはないわ。親友の誼だし、この国がどうにもならなくなったら、私を頼っても構わないから」
「ありがとう……でも、そうならないように努力するから」
こうして、親友として長らく戦場で肩を並べていた二人はそれぞれの道を進むために離れ離れになることとなった。
「リク君、私たちは帝国に戻るけれど、何か危ないことが迫ったら何時で呼んでね」
「セレネも、お兄さんの弔いが終わったら、すぐに戦いに向かうんだよね。無茶だけはしないでね、もうこれ以上大切な人をなくしたくないから」
「大切な人……うん、そうね。私は絶対にリク君を置いて死んだりはしないから、リク君も無事でいてね、約束よ」
昼前には出発の準備が整ったミュレーズ家騎士団たちは、今後の新たな戦いに向かうためにアルトイリス侯爵領を後にしていった。
リクレールとセレネも、しばらくお互いがあえなくなることを惜しみつつ、お互いの無事を誓ったのだった。
キャラクターノート:No.009
【名前】エンデルク
【性別】男性
【年齢】36
【肩書】元アルトイリス騎士団部隊長
【クラス】アーマーナイト
【好きなもの】度数の強い酒 酒場にいる女性
【苦手なもの】笑顔




