第169話 学級格差
教師二人は一応納得したのか、それ以上話すことなく部屋を後にした。
煩いのがいなくなった後、デュカスは深くため息を漏らした。
「やれやれ、自分たちに活躍の場をよこせとは……生徒たちのためとはいえ、ああも図々しくなれるものなのだな。せっかく機会を与えてやったというのだから、自分で獲りに行くくらいの気概を見せてもよいだろうに。だが、我が学級の生徒どももいささか弛んできておるようだ。ここは少し、厳しい訓練で引き締めるか」
「ごめんなさい、先生。私も注意しなければいけない立場なのに、こんなことになってしまって」
「レイア、お前が気負うことはない。本来はそう言ったことは級長の役目だというのに、あやつは…………」
教師同士の言い争いを間近で聞いていたレイアはかなり申し訳なさそうにしていたが、デュカスはむしろレイアのことを気遣うと、一旦書類仕事の手を止め、徐々に緩みつつある生徒たちの気を引き締めるべく宮殿へと向かったのだった。
白竜学級の生徒たちは内乱での功績を大いに称えられ、すでにマルセランをはじめとした有力諸侯たちから、今回の内乱で粛清された貴族たちや騎士たちが持っていた、西帝国の重要ポストを打診され始めていた。
そうして彼らは、ラマズフテとロシームが言った通りすぐに舞い上がってしまい、地味な戦いしかしていなかった藍熊学級や黄獅子学級の生徒たち相手に優位を取ったことも相まって、同じ学校の生徒たちを見下し始めたのだ。
「次の戦いから俺はお前たちの上官になるかもしれないんだ、口の利き方はわきまえろよ?」
「あなたたちに私の靴を磨かせてあげるわ! ありがたく思いなさい!」
「町の中で雑魚狩りにいそしんでいた君たちと一緒にされたくないなぁ。文句あるなら、もっと強い敵を倒したら?」
こんな暴言が飛ぶたびに生徒たちの間では次第に亀裂が走っていき、中には喧嘩に発展する場面もあった。
軍の再編成で忙しかったデュカスだったが、これらの光景を改めて目の当たりにし、まだまだ自分がきちんと指導せねばと強い使命感に駆られることになる。
「お前たち、勝利に驕ってつけあがるだけでなく、他の学級の生徒と諍いを起こすなど言語道断だ。今すぐにやめねば厳しい懲罰を下さねばならんぞ」
『ひぇ~っ』
デュカスがある程度厳しくしたことで、一旦はおとなしくなった生徒たち。
だが、彼らを増長させる原因はほかにあると考えた彼は、宮殿にいるマルセランの元へと足を運んだ。
「マルセラン様……生徒たちの働きを称賛して下さるのは大変光栄ですが、あまり甘やかしすぎれば、若い者たちはすぐに増長してしまいます。それゆえ、過度にあれやこれやと褒美を与えることは控えていただきたく存じます」
「む、そうか。いや、実に頼もしい若者たちばかりだったものだから、将来を担う帝国の人材として活躍を労ったというだけであったが……悪影響が出ているというのであれば、確かに少々控えねばならんか」
マルセランは気立てがいい人物なので、あまり人を褒めるなと言われると少し残念そうな顔をした。
亡き兄である前皇帝オルセリオ三世は厳格な人物であり、例え実の息子であろうと滅多に褒めなかったが、マルセランは善行を積んだ者や、戦で功績があった者を積極的に讃えていたので、密かに皇帝よりも彼を慕う人物も多い。
今回の内乱でこれだけの味方が駆けつけたのも、彼の人徳のおかげではあるのだが…………デュカスは何となく、彼の「人の好さ」が自分たちの足枷になるのではないかと危惧し始めた。
(マルセラン様は穏やかで人当たりの良い方だが……いささか優しすぎるのが欠点だな。現に、すでにこの方の周囲にはおべっかを使う貴族どもが集りつつある。トライゾンにとってはその方が都合がよいのやも知れぬが、果たしてこのままでよいものか)
心の中でそう思いながらもデュカスは話を続けるとともに、ラマズフテとロシームを呼び出して、彼らの口から直接要望を伝えられるよう取り計らった。




