第168話 不公平
「デュカス殿、おられますか」
「早急に確認しておきたいことがある」
「その声……ラマズフテとロシームか」
執務室に入ってきたのは、武骨な重鎧を身に着けた青い髪と髭の男ラマズフテと、浅黄色の魔術士のローブを羽織ったやや陰鬱そうな表情の男ロシームの二人だ。
そして、ラマズフテは白竜学級と共に今回の遠征に赴いた藍熊学級の担任であり、ロシームは黄獅子学級の担任を務めている。
まずラマズフテがわざとらしく若干力を込めてデュカスの執務机に寄りかかり、鎧がガシャリと音を立てた。
「デュカス殿、そなたは我々に今回の実戦演習を持ち掛けた際、西帝国の新たな皇帝陛下にわが校の生徒たちをアピールする絶好の機会と言ったことは覚えておられるか」
「無論、忘れるわけがなかろう。現にマルセラン様は此度の内乱の鎮圧は、士官学校生徒の活躍によるものと諸侯に知らしめたではないか」
「本当に、心からそう言い張れるか?」
「…………」
「言えぬか、ならば俺の口から代わりに申し上げよう。先の内乱で我ら藍熊学級と黄獅子学級は、そなたが懇意にしている諸侯の要請で宮殿への突入ではなく、帝都市街地の反乱鎮圧を任された。要するに、そなたが我らに確約した生徒たちの勇名は、すべて貴様の学級に持っていかれたというわけだ」
ラマズフテが言うように、今回の遠征に白竜学級以外の2学級が参加した理由は、自分たちの学級の生徒たちがほかの学級を差し置いて、新たに西帝国皇帝となる人物(そのころはそれがマルセランであるとは聞かされてはいなかったが)に直接目通りできる機会を作り、能力を売り込む絶好の機会であるとデュカスから知らされたからに他ならない。
彼らの学級は元々白竜学級と親しく、先の決闘でも橙鷹学級の担任と共に不正に関与したのであるが…………せっかく協力したにもかかわらず、美味しいところをすべて持っていかれるとなると話は違ってくる。
「それだけではない。貴方の学級の生徒たちは、先の内乱で十分すぎるほど手柄を立てたことで、自分たちの方が我々より地位が上だと勘違いをしているようだ。現に、私の教え子たちから貴殿の学級の生徒からまるで部下や召使のように扱われたとの報告が上がっている」
「なるほど、それについては私の監督不行き届きだ。後ほど私からきつく叱っておこう。論功行賞がやや不公平だったことについても、今後は是正のためにもそなたらの学級を主力に据えるようマルセラン様と交渉しよう」
「……それは本当だろうな」
「無論だ。今は西帝国存亡の危機だ、そのような時に我々が仲たがいしている暇はない。それに、今回の実戦演習はまだ始まったばかり、これから功を得られる機会はいくらでもあるからな」
「ふん、その言葉覚えておけよ。せいぜいきちんと生徒たちの手綱を握っておくんだな。そうでなければ……我らの功績が上回った時、貴殿の学級の生徒は全員、わが藍熊学級と黄獅子学級の下に置いてやる」
「次期皇帝陛下に進言する際は、当然我々も同席させていただく。口約束にならないためにもな」
これ以上話を続ける気はないと言わんばかりにラマズフテとロシームが捨て台詞を吐いて出て行こうとしたが、デュカスは再度彼を呼び止めた。
「待て、まだ話は終わっていないぞ」
「なんだ?」
「そなたらは一つ大きな勘違いをしている」
「勘違いだと?」
「我らが先の内戦で多大な功績をあげ、マルセラン様からの信頼を勝ち取ったのは……決してコネだけではない。我が白竜学級は戦線の最も危険な場所に投入され、皇室が誇る近衛騎士とも戦ったのだ。現に、生徒の中には何人もの負傷者が出た……死者を出さなかったのは幸運ともいえる。それほどの激戦を僅か1日で勝利した、その実力があってこそというのを忘れてもらっては困る」
「……………」
デュカスの強い言葉に、今度は教師二人の方が無言のまま気まずそうにした。
なにしろコネでの出世や親族の権力を笠に偉そうにするというのは、デュカスが最も嫌っているということを、ラマズフテもロシームもよく知っている。
白竜学級は士官学校の中でもダントツの格式と実績のある学級であるがゆえに、そう言ったコネや親の権力で生徒を入学させようとしてくる人物も多い。
ゆえに白竜学級の名を貶めるだけの無能な生徒にデュカスは容赦しない。リクレールが学級の生徒全員からいじめられたのもそのためだ。
とはいえ、デュカス自身はコネや権力を使うこと自体は否定していない。大切なのは、それらをいかにうまく使い、自分の実力を伸ばせるかだと彼は考えているのだ。




