第166話 本格侵攻
「というわけだアヴァリス、それにデュカス。これ以上私がこの場にいる必要はないだろう。私は長年の宿敵であったユルトラガルド侯爵家を滅ぼしにかかる。代理で指揮を任せていたブルクドルフも、年明けと同時に手筈通り我が領地から進軍し、予め寝返らせておいたサーベン伯爵領を経由して国境を越えたと報告している。順調にいけば数日後にはリヴァル城を包囲できるはずだ。奴らが野戦を避け初めから籠城をしたというのはやや想定外だが……ここを陥落させれば、もはや我々の勝利はゆるぎない」
「ユルトラガルド家の首都リヴァル城は西帝国の要、陥落させるのは骨だろうが、おそらく紫鴉学級の連中はまだ東帝国にいるゆえ、そう簡単には救援に来ないであろう」
マルセランが帝位に即位すると宣言した日の正午、トライゾンは改めて息子のアヴァリスと親友のデュカスを昼食に呼び、そこで再び身内だけの作戦会議を行っていた。
トライゾンがマルセランをこの場に呼ばないのは、彼はマルセランを心の底から信用していないという現れであり、結局は彼は身内しか信用しないのである。
「親父、俺はこの後もマルセラン様の軍の主力として動けばいいんだな?」
「ああそうだ、私がユルトラガルド家攻略に全力を注いでいる以上、お前たちの活躍が不可欠だ。しかるに、お前は帝国軍本体と共に北方街道から進軍し、シェムスタ侯爵領に向え。そこから敵の主力を担うであろうコンクレイユ軍と交戦し、打ち破るのだ。老いたとはいえコンクレイユ侯爵ベルリオーズは西帝国屈指の猛将だ。油断せず、兵力の優位を生かして堅実に戦うのだ」
「任せてくれ、そういうのは俺の得意分野だ! お、そうだデュカス先生、たしかコンクレイユ家にはヴィクトワーレ先輩がいたよな。俺がいっちょ口説いて寝返らせれば、有利になるんじゃないか!?」
「それは無理だろうな。確かに彼女は優秀な教え子であったが、あのリクレールをマリアと共に推薦したのは、ほかならぬヴィクトワーレだ。武勇は親譲りの物があるが、身内びいきの古い考えの持ち主だ。あまり期待しない方がいい」
「なんだよ~、やるだけやってみようぜ」
なお、後日アヴァリスは本当にヴィクトワーレ宛にこちらに寝返るよう、コテコテのイケメン文章っぽい手紙を送ったが、幸いにも(?)彼女の目に入る前にベルリオーズの手に届き、その場で握りつぶされたという。
「デュカス、帝国正規軍の再編成はどれほどかかる見込みだ?」
「早ければ10日ほどで完了するだろう。減ったとはいえ、各軍団の編成は変わっていなかったから、後は割り振るだけだ。もっとも、マルセラン様が皇帝即位を宣言したことで、協力を申し出る諸侯の兵が続々と集結してきている。場合によっては、もう10日ほどかかるやもしれん」
「戦力を増やすのはいいことだが……くれぐれも、あまり時間をかけすぎないようにな。あまり考えられぬことではあるが、もしコンクレイユ侯爵がシェムスタ侯爵領を陥落させるようなことがあれば、流石に面倒なことになる」
「わかったよ親父。俺もとっととコンクレイユ侯爵領を踏みつぶして、あのクソ忌々しいアルトイリス領を瓦礫の山に変えてやる……そして、俺に恥をかかせたリクレールの野郎を今度こそぶっ殺してやるっ!」
士官学校でコテンパンにやられ、仲間の前で大恥をかいた日のことは、今でもアヴァリスに悪夢となって憎悪を掻き立てる。
彼はいまだに自分がリクレール相手に実力で負けたと考えていないし、例え魔剣などという胡散臭いものを持ち出しても、人望はこちらが上であると確信しており、数の差で圧倒できると信じていた。
(それに、あんな奴が躊躇なく扱えるというのなら、俺があの魔剣を奪って使ってやるのも悪くない。何しろ俺は……皇帝になる運命にある、選ばれし人間だ。人を操る力があっても、俺が逆に魔剣を支配してやるのさ!)
話している最中にアヴァリスが邪悪な笑みを浮かべ始めたのを見たトライゾンは、この息子がまた余計なことをしでかすのではないかと一抹の不安を感じたが……今回の戦いはマルセランやデュカスをはじめとした優秀な大人が多数ついている。
今度はそう致命的なことにはならないだろうと考え、トライゾンはこれ以上口煩く言い聞かせることはせず、その場を後にした。
そして…………トライゾンはのちにこのことが致命的な判断ミスであったと、死ぬまで後悔することになる。




