第165話 偽装死
「も、申し上げますマルセラン様!」
「どうした、そのように慌てて」
「戦死したとされるレオニス殿下ですが……何者かの変装である可能性が高いとの報告が」
『何ぃっ!?』
トライゾンも含めて、その場にいた諸侯たちは一斉に驚きの声を上げた。
確かに彼らも、その目でレオニスが死ぬところを見たわけではなかったが、何分乱戦の最中のことであり、当初の計画でも戦いのどさくさで殺されたことにする予定だったので、死体の検分を後回しにしていたのである。
「私も直接確かめよう、ここにレオニスの遺体を運べ」
「しょ、承知いたしました!」
命じられた兵士は急いで謁見の間を飛び出ていった。
「どうする、ブレヴァン侯爵。レオニスが生きていたとなると、諸侯の中に同調者が現れるぞ」
「……申し訳ございません、確認を怠った私の手落ちでございます。しかし……たとえ偽物だったとしても、対策はございます」
それから少しして、レオニスの遺体が運び込まれてきたのだが、それはある意味で思っていたものとは違っていた。
なんと、レオニスと思われる遺体は首、胴体、手足を分割されていたのである。
この残酷な姿に、その場にいた諸侯たちは急激に気分を悪くし、中には外に出て嘔吐する者も出る始末であった。
「れ……レオニス、なぜこのようなことに」
「おそらく……兵たちが功を争ったものと思われます。討ち取った者には褒美を取らせる密かに噂を流していたため、このようなことになったのでしょう」
「何とも惨いことだ。西帝国のためとはいえ、私は元々レオニスを息子のようにかわいがっていた、それがこのようなことに――――」
そう言いながらレオニスの首を持ち上げたマルセランだったが……。
「違う……これはレオニスではない!」
『え!?』
「私にはわかる、顔つきは似ているが耳の形状がだいぶ違う。それに決定的なのが、首元のほくろがないことだ。おそらく、何者かがレオニスを逃がすために、似た者を囮に仕立て上げたのだろう。しかし、そうなれば本物のレオニスはどこに……」
「おそらく混乱に乗じて脱出したと思われます。しかし、馬でも使わない限りはまだそう遠くに行っていないはず、すぐさま追っ手を向かわせるのがよろしいかと」
「だが、万が一見つからなかった場合は……」
「仮にどこかで再起したとしても、偽物であると言い張ればよいのです。レオニス様の顔を直接見たことのある者など、そう多くはいますまい」
「それしかないな」
こうして、マルセランは腹心に命じて密かに脱出したと思われるレオニスを探し出し、場合によってはその場で殺すように伝えた。
もっとも、彼らはもう一つ重要なものを見逃しているとは、気が付きもしなかったが…………
「ともあれ、帝都周囲は制圧しましたがまだ帝国全土を手中に収めたわけではありません。ここは間髪入れず、マルセラン様には次期皇帝に即位することを宣言していただきましょう。さすれば、この期に及んでも日和見を決め込んでいる諸侯をこちらに引き込むことができましょう」
「わかった、明日にでも諸侯に対し私が帝位を継承することを宣言しよう」
こうしてマルセランは、内乱が集結した翌日に改めて次期皇帝として即位することを宣言し、各地の貴族に対して次々と即位文を送った。
これにより、特に帝都に近い土地に領土を持つ貴族たちを中心に次々と反応があり、マルセランを皇帝として仰ぐことを誓う旨の返答が帰ってきたのだった。
あらかた帝都周囲の地盤が固まったと判断したトライゾンは、息子のアヴァリスが先の内乱鎮圧で優秀な成果を収めたこともあり、満を持して自らの最重要目標に取り掛かることにしたのだった。




