第163話 オルセリオ協約
内乱によって帝都タイラスルスの宮殿はあちらこちらが破壊され、一部ではまだ火の手が上がっていたが、マルセランは片付けている最中にもかかわらず堂々と謁見の間にある玉座に腰かけ、そこに集まったブレヴァン侯爵トライゾンをはじめとしたマルセラン派の有力諸侯たちの労をねぎらった。
「ブレヴァン侯爵、それにほかの者たちも、実に大儀であった。多少の犠牲は出してしまったが、この程度であれば許容範囲内だ。それに、そなたの息子たちも実によく働いてくれた、私からも改めて感謝するぞ」
「もったいなきお言葉」
トライゾンをはじめとした有力諸侯たちは、マルセランに対して深々と頭を下げ、今後も新しい皇帝のために力を尽くすことを誓った。
特に、帝国周辺の豊かな地を保有している領主たちは、マルセランが無事新しい皇帝に即位できそうであることに心からホッとした表情をしている。
「しかし…………」
マルセランは改めて玉座の周囲を見渡した。
彼はつい最近までは、この玉座に座ることは一生ないだろうと思っていた。
元々マルセランはそこまで野心がある人物ではなく、皇帝の一族として西帝国のために尽くすことができれば十分だろうと考えており、皇帝を継げないことへの不満は皆無であった。
そんな彼がこの歳になって皇帝の椅子に座っているというのが、自分でもまだ夢のように感じているようだ。
「西帝国のためとはいえ…………兄上には申し訳ないことをした」
「内心お察しいたします。ですが、今後の西帝国を正しく導いていけるのは、マルセラン様以外に他はございませぬ」
そのように忠臣ぶった言葉を淡々と口にするトライゾンだったが、内心はここまでことがうまく運んだことをほくそ笑んでいた。
(少々前倒しの必要はあったが、先帝を引きずり下ろし、マルセラン様を皇位に据えることができた。ここまでくれば、我が家の権威もゆるぎないものとなるだろう)
この場にいる有力諸侯は、以前からオルセリオ三世ではなくマルセランを帝位にするために密かに結成されていた派閥であった。
その共通点は、派閥の貴族の大半が「搾り取られる側」であったことだった。
西帝国は南方からたびたび侵略を繰り返す魔族を撃退し、機を見て元帝国中心地を取り戻すために、各有力諸侯に「役割」を命じていた。
すなわち、前線で体を張って戦う武闘派の諸侯と、彼らが戦うために武器や食料、資金などを援助する支援派に別れていたのである。
西帝国は豊かな土地が限られているため、武闘派の代表であるアルトイリス侯爵やコンクレイユ侯爵などは自領だけで強大な戦力を賄うのは困難であった。
そのため西帝国の初代皇帝は、前線から遠い貴族たちに対して、前線で体を張る諸侯の援助をするよう取り決めをしたのだが、前皇帝オルセリオ三世はそれをさらに発展させ、より後方の負担を重くして前線の力をつけさせるようにした。
この盟約は「オルセリオ協約」と呼ばれており、すべての諸侯が魔族に対する戦いに全力を尽くすことを誓約させられた。
中には誓約を渋る者もいたが(ブレヴァン侯爵も誓約を最後まで渋った)、皇帝から「協約に調印しない者は、魔族の協力者とみなす」という脅しもあり、結局は諸侯全員の承認を得てこの協約は可決したのだった。
西帝国が成立した当初は、相互の助け合いとして機能していたシステムも、時を経るにつれ支援派側は一方的に援助させられる関係に不満を持ち始めていた。
そこに、オルセリオ三世は魔族との戦いに集中するためと称して、支援派にさらなる出費を要請したのだから、不満が急上昇するのも当然と言えば当然であった。




