第16話 魔法の口紅と嫉妬する魔剣
そして翌日、セレネをはじめとするミュレーズ家騎士団は予定通りアルトイリス領を出発し、所領へ戻ることとなった。
まだ各地は安定には程遠い状態だが、セレネたちも兄の葬儀を執り行わなければならない関係で、これ以上長くとどまることはできなかった。
「でも驚いたわ、まさかアンナさんだけを留めておきたいだなんて……エンデルクさんやシェリンさんは? 必要であれば、私から説得してもいいけど」
「僕なりにいろいろ考えた末の決断、とでも言っておこうか。こればかりはなんとしてもお願いしたいけど、いいかな」
「アンナさんが決めているのであれば、私は大丈夫。むしろ、私ももっと力になってあげたかったのに」
「ううん、こっちこそ長く引き留めすぎて申し訳ない。僕だってもっと話していたかったけれど、忙しくてなかなか時間も作れなかったのは残念だよ」
朝食の時間にようやくお互い時間が取れたリクレールとセレネ。
ここ3日間はお互いにやることが多すぎて、こうして純粋な友達同士で話すことができていなかった。
お互いそのことが寂しかったのか、二人は仕事の話をさっさと切り上げて、いつも通りの同世代の子供のような会話に戻っていった。
「そういえば今まで気が付かなかったけど、また新しい口紅使ってるの?」
「あら、やっと気が付いた? もー、違いが判らない男のコはモテないゾ♪」
「たはは……面目ない。でも、確かに前と比べて少し色が明るくなってるような……?」
「おっ、正解! でもそれだけじゃないのよ」
そう笑いながらセレネは自分の唇を軽くなぞると、わずかに唇が赤く光り、それとともにほんのりピンク色へと変わっていく。
まるで大輪の華が咲くような変化に、リクレールは思わず目を奪われた。
「これ……すごいっ! まさか一つの口紅でここまでできるなんて……とってもきれいだし、何よりすごく似合ってる!」
「え、えへへ、ありがと……」
一番見せたかった人に喜んでもらえて、嬉しさと同時に気恥ずかしさがこみあげてきたセレネは、口紅が頬から耳まで浸み込んでいくかのように顔を真っ赤にしていった。
そして、そんな様子を間近で見せられるエスペランサにとって、この光景は面白いものではなかった。
『この小娘……そのような得体のしれない紅で主様を誘惑するとは破廉恥ですわ』
(ハレンチ!?)
頭の中に突如響いたエスペランサの嫉妬する声に驚いたリクレールの身体がビクンと跳ねる。
「ど、どうしたの!?」
「ああいや、ちょっと椅子のバランスを崩しそうになって……」
何とかごまかせたリクレールは、その後もしばらくセレネと語り合った。
だが、セレネは何となくリクレールの背後に嫌な気配を感じるような気がした。
(どうしてだろう……こうして話してると、いつものリク君に間違いないのに、何か圧迫感みたいなのを感じる)
エスペランサがまだ活動を開始したばかりで力が微弱だからか、かえってセレネはそれ以上の違和感の正体をつかむことはできなかった。
キャラクターノート:No.008
【名前】シェリン
【性別】女性
【年齢】24
【肩書】元アルトイリス騎士団部隊長
【クラス】遊牧民
【好きなもの】風
【苦手なもの】クロスボウ




