第156話 魔の武具
「それよりも、だ。あの虚弱なアルトイリス侯爵家の次男がなぜアヴァリス相手に決闘で勝てるまでの力をつけたのか……デュカスによれば、あの少年は学力だけはそれなりだが、貴族にしてはあまりにも非力で、そこらの庶民にすら劣ると聞いた、それは間違いないな」
「ああ、その通りだ。あのリクレールという生徒は親の……いや、姉の七光りで無試験で士官学校に入ったような軟弱者だ。伝統ある白竜学級からは追い出したが……いつの間にか禍々しい濃紫の大剣を背負い、尋常ならざる剣技でアヴァリスを圧倒して見せた。私が見るに、あれは完全に別人か、はたまたあの正体不明の剣に体を乗っ取られている可能性もあるとみている。我ながら荒唐無稽ではあるが……そうでなければ辻褄が合わん」
「うむ、アルトイリス侯爵家は一族に伝わる聖剣アレグリアをミュレーズ家に譲渡したとは聞いたが、そのような不気味な剣の存在など聞いたこともない」
「…………それについては、わたくしからも説明させていただきますわ」
「バラドワイズか、申してみよ」
紺色のローブを纏った……かつてアルトイリス侯爵家の重臣ラクロに反乱を促した謎多き女性バラドワイズが、そっと口を開く。
「あの少年が持つのは、歴史の記録から抹消された『魔の武具』の一つ、魔剣エスペランサかと思われます」
「魔剣だと……あれが?」
魔剣と聞いてアヴァリスは、士官学校の正門でリクレールからあの剣を突き付けられた時のことを思い出し、背筋にぞっとする寒気を感じた。
近づけられるだけでも感じたあの重量感と金属の冷たさ、そして何より濃密に感じた「死」の気配……
あの時リクレールは「本物かどうか試してみる?」と煽ってきたが、もし反発していたらあの剣で喉を切り裂くなど実に容易い事だったはずだ。
「魔剣……デュカスは聞いたことはあるか?」
「実は私もあの後様々な資料を当たってみたが、特筆すべき記述は何も見つからなかった。歴史から抹消されたというのなら、それだけ危険な物なのかもしれないな」
「バラドワイズは魔剣についてどこまで知っている?」
「私もその殆どは口伝によってのみ伝え聞いたにすぎませんが……聖剣アレグリアをはじめとする「三種の聖武具」と対になる、この世の理からかけ離れた超常の力を持った武具全般を『魔の武具』と呼んでおり、魔剣エスペランサは持ち主の心を操り、人々を支配し苦しめるといわれております」
「つまりは、あの剣はどちらかと言えば持ち主を破滅に導く類のものということだな」
「はい。しかし、その強力さ故に、持ち主は常人ならぬ剣技と人々を支配する冷酷な力を手にすることができるとも言われています。聖武具が実力者を持ち手に選ぶとするなら、魔の武具は力なき者を強者へと変貌させる代物……まさしく魔剣の名にふさわしいものといえましょう。現にあの少年は5倍の兵力を持つ魔族軍残党を殲滅し、我々が支援していたアルトイリス侯爵家貴族の反乱を短期間で鎮圧して見せました」
「そうか……それはまた厄介な代物だ」
トライゾンはバラドワイズの言葉を受けて、少し考え込むようなそぶりを見せた。
だがすぐに気を取り直した様子で、アヴァリスの方を向く。
「アヴァリスの不手際についてはともかく、そのリクレールとかいう学生がいきなり強くなった件については、我らの今後の計画においても無視しえぬ問題だ。何としても解決せねばならん」
「大丈夫だ、親父。俺だってやられっぱなしじゃいられねぇ……今度こそあいつに勝って身の程をわきまえさせてやるよ」
「ほう、頼もしい言葉だ。私もお前にはきちんと汚名返上の機会を与えようと思っていたところだ。すぐ思い上がるのがお前の悪い癖だが、今後はマルセラン様と共に行動することになる、今まで以上に軽挙な行動は慎めよ」
「ああ、今度こそは失敗するものか。マルセラン様と共に軍功を上げて……次期皇帝の後継者候補に名乗りを上げてやる。そのための俺なんだろう、親父」
「ふふふ、お母さんも期待しているわ、アヴァリスが未来の西帝国皇帝になるのをね」
こうして、ブレヴァン家とデュカスたちだけのディナーミーティングは終わった。
テーブルに供された料理は、どれも西帝国では皇帝ですら気軽に食すことのできない高級なものであったが、アヴァリスは緊張のあまり味わう余裕はなかったという。




