第150話 乙女心を何だと……
「リクレール君は偉いわ。みんなのために、自分が休む時間まで惜しんでずっと働きっぱなし……だからね、こうして休む時間も大切よ」
「みんなのためだなんて……僕は、いろんな人を死地に赴かせているんですから、褒められることなんてしてません」
「なるほどね、そして次に死地に赴かせる人も決まっているのでしょう。だったらその役目、私が引き受けさせてくれないかしら?」
「エレノアさんに?」
リクレールはここで一休みしたら、そのまま夜間にアルトイリス領からモントレアル領に向かうことであった。
その目的はもちろんモントレアル侯爵に自軍側についてもらうよう説得することだったが、それだけでなくモントレアル侯爵に今回リクレールが描いた一連の作戦の一部を担ってもらう必要がある。
領土の大半を魔族軍に荒らされ、軍もまだ再建すらままならない状態のモントレアル侯爵家だったが、彼らとは以前に魔族軍を撃退した際に相互防衛協定を結んでおり、その気になれば無理やりにでも援軍を要請することはできるのだが…………
「正直なところ、僕はマクシマンさんが軍を出すのを渋る思っている。魔族軍の脅威はひとまず去ったとはいえ、いつまた領内に魔族軍がやってくるかわからないし、軍を動かせば領地再建のための予算を軍事費に転用しなくちゃいけない。あの人は、出来ることなら嵐が過ぎ去るのをじっと待っていたいはずだよ。それが例え、後になってより状況が悪化するとしてもね」
「あらあら、案外手厳しいのね」
「とにかく……重要なのは、アルトイリス家とモントレアル家が連携できていると見せることだ。正直、マクシマンさんたちにも戦ってもらおうとは思っていないけど、形だけでも戦う意思を見せてもらいたい」
「なるほどね、そういうことならやっぱり私が交渉に赴くわ。たぶんリク君が直接赴いちゃうと、ある程度警戒されちゃうかもしれないけど、私ならミュレーズ家っていう十分な後ろ盾があるし、前向きに交渉に応じられると思うわ」
『そうですわね……エレノア様の言うことも一理ありますわ。主様、ここは彼女に外交官としてモントレアル侯爵領に赴いていただきましょう。そうすれば、より主様が柔軟に動けますわ』
(エスペランサがそう言うのであれば……)
リクレールは少しだけ考え込んだが、今リクレールは手一杯であり、自分がしなければならないことをほかの人に任せられるなら、ぐっと負担が減ることだろう。
「わかった、それじゃあエレノアさん、モントレアル侯爵との交渉をお願いしてもいいですか?」
「ええ、もちろんよ。任せなさい!」
エレノアはドンと胸を叩いたが……リクレールはそのたわわな胸が少し揺れるのを見てしまったため、慌てて視線をそらすのだった。
『主様はやはり大きな方が……』
(い、今はそんなことを言っている場合じゃないから)
怪訝な声のエスペランサに対し、ごまかすように話題を逸らすリクレールだったが、彼の言う通りエレノアに外交を任せたとしても仕事はまだ終わらない。
「レイ、君にはエレノアさんに代わって東帝国から連れてきた使用人たちの指揮を執ってもらう。大変だろうけど、きっと君ならできるから、頼んだ」
「は、はいっ! ご主人様のためであれば! しかし、ご主人様はモントレアル侯爵家に赴かないのであれば、ようやくお休みに……?」
「いや、残念ながらそうはいかない。僕は予定を変更して、明日はコンクレイユ領に向かうつもりだ。早ければそうだね……5日くらいで戻ってこれるといいな」
「5日……ですか」
最近はずっとリクレールの傍で仕事をしていたので、レイは寂しそうに俯いたが、リクレールの命令を拒むことはなかった。
「でも、帰ってきたら、真っ先にレイが淹れてくれる紅茶が飲みたいな」
「っ! 承知いたしました! ご主人様、どうかご無事にお戻りください!」
リクレールの言葉で、うつむきがちだったレイの顔がぱっと明るくなった。
直ぐ無事に戻ってくることを約束し、リクレールはレイに留守を任せて足早に兵舎へと向かった。
(やっぱり前にエスペランサが言ってくれたように、頼りにしてるって言ってあげれば喜んでくれるものだね。あんまり乱用はしない方がいいけど、いざとなったら積極的に使っていこっと♪)
『主様は乙女心を何だと……まあ、いいですわ』
何やらエスペランサが呆れているようだったが、リクレールは予定を変更後すぐに兵舎へと赴いた。




