第15話 契約
アンナが改めて仲間になることに同意した時、リクレールは机の下で見えないようにぐっとガッツポーズをした。
(またしてもエスペランサの言う通りになった、すごい!)
『そうでございましょう? 下手に出るだけが交渉ではございません、緩急を織り交ぜることこそ対話の肝なのですわ』
以前までのリクレールであれば、とにかく下手に出て必死で拝み倒すことしか知らなかっただろうし、それだけではこの熟練の将の心を動かすことはできなかっただろう。
これから彼はリーダーになるのだから、この人物についていきたいと少しでも思わせなければならないのである。
そして「交渉」自体はまだ終わっていない。
「それじゃあ、契約更新ということでこの書類にサインをくれるかな」
そう言ってリクレールは懐から上質の紙と羽根ペンを取り出した。
「あらかじめ作ってあるとは、随分と用意がいいですね」
「間違っても君を逃したくないから、準備だって周到になるものさ。この契約書は、僕の為でも、君の為でもある」
あれだけ強く引き留めたのにすぐに契約書を取り出されると、信用されているのかされていないのか若干複雑な気分になるが、元傭兵のアンナは契約の大切さをよく心得ているので、文句はほとんど言わなかった。
その代わり、どこかに変なことが書いていないか、魔法で文字があぶり出されるようになっていないか、隅から隅まで舐めるようにじっくり確認することになるが……最終的には納得して契約書にサインをした。
これで、一晩経ってからやっぱり気が変わったと言われる心配はなくなるだろう。
「これでよろしいでしょうか」
「ありがとう。直前に引き抜いたから少しは揉めると思うけど、セレネには僕からも説明しておく。そして、これからの活躍に期待してるから」
「望むところです」
こうして、やや強引ではあったものの、アンナの引き留めに成功した。
今までの二倍という破格の給料を払うことになったが、ほかの2人が離任することになるので、今のところは差し引きプラスともいえる。
(重騎士軍団は維持費がかかるし、何よりエンデルクさんはあの性格だから、お金を積んでも僕の言うことなんて聞かないだろう。シェリンさんの弓騎兵部隊も便利だけど、前の戦いで減っちゃったし補充も難しい。結局アンナさんを手元に置いておくのが最適だね)
『ふふ、それにあのような真面目な職人気質の方は「あなただけが頼り」という言葉に弱いものですわ』
アンナの性格を利用した、と言えば聞き覚えは悪いが、リクレールがアンナの能力――――新兵を一から訓練する技術を欲しているのは偽らざる本音だった。




