第149話 暴君が板についてきた?
(あんなに偉そうなことを思い切り言っちゃったけど、大丈夫かな?)
『はい主様、随分と暴君が板についてきております。わたくしもとても嬉しく思いますわ』
(僕も慣れてきたつもりだけど、やっぱりまだ、こんなことしていいんだろうかっていう気持ちがあるよ……はぁ、僕にも姉さんみたいなカリスマがあればなぁ。みんなから自分からついていきたいと思わせるような……)
『主様には主様に向いたやり方がございますわ。たとえお姉様のようになれずとも、結果さえ出せばよいのです』
先程のリクレールの演説は、エスペランサに吹き込まれたのではなく、自ら考えて編み出した言葉だった。
彼は元々学力が高い人間なので、経験を重ねるうちに自身の知識でどんな言葉が効果的なのかを、感覚で理解できるようになっていた。
基本的に人々は、分かりやすく強い言葉を好む。そして、自らの利益になることと損になることには敏感なので、その両方を刺激すれば、自然と彼らはリクレールの言う事を(理解するかは別として)きちんと覚えてくれるという寸法だ。
(でもやっぱり、こういうことした後は自分のことが嫌いになる。後になってくよくよ悩むのは、僕の良くないところだってわかっているんだけど)
『それは主様が思慮深い証拠ですわ』
(ははは、お世辞であっても褒めてくれて嬉しいよ)
そんなふうにリクレールがエスペランサと脳内会話しながら廊下を歩いていると…………
『主様っ、前を!』
「!?」
突然前方から何かに覆いかぶさられるところで、エスペランサの意志がとっさにリクレールの身体を操って回避した。
「あら、避けられちゃったわね♪ すごい身のこなしじゃない」
「え……エレノアさん!?」
「リクレール君ったら、難しそうな顔して考えながら歩いているんだもの、おばさんちょっと悪戯したくなっちゃったわ♪」
「心臓に悪いのでやめてください!」
相変わらずメイド服姿のエレノアがリクレールに抱き着こうとしたようだったが、その目論見はあえなく失敗した。
リクレールの顔と同じくらい大きいのではないかと思われる二つの暴力的な膨らみに囚われたら、色々な意味で危ないところであった。
「あの……エレノア様、あまりご主人様に入れ込みすぎないようにと仰られたのは、エレノア様でしたよね?」
「あらあらそうだったわね! 私もまだまだミュレーズ家にいた頃の気道が抜けてないわねぇ」
エレノアの後ろで顔を赤らめながら窘めるレイに対し、流石のエレノアもややバツが悪いのか、笑って誤魔化してしまった。
その後エレノアは「これはお詫びね」と言って、リクレールにとっておきの紅茶とお茶菓子を用意してくれた。
特にお茶菓子は東帝国でもなかなか手に入らない高級チーズと貴重な卵を用いた逸品で、小休止がてら齧ったリクレールはその濃厚な甘さに思わずうっとりとするとともに、失ったことすら気が付いていなかった活力が幾分か戻ってくるのを感じた。




