第148話 2倍の給金を払ったからには
そして――――肝心のリクレールはまだ戦場に出ないが、彼は彼で非常に重要な役割を担っている。
まずリクレールは、東帝国から連れてきた者たちをアンクールの町からアルトイリス城まで移動させると、彼らの前でこう言い放った。
「諸君、まずは遠路はるばるの行軍ご苦労。昨日に引き続き、今日はこのまま各自割り当てられた兵舎に荷物を置き、体の疲れを癒してほしい。しかし、明日からは君たちが最低限まともに戦えるよう訓練をするつもりだ。多少辛い思いをするかもしれないけど、耐えてほしい。なぜなら、これから君たちが相手するのは西帝国の有力諸侯ブレヴァン侯爵率いる5万の軍勢だからだ」
敵の総兵力を聞いた傭兵たちは、たちまち顔が青褪め、恐怖でざわつく。
「そ、そんな! 5万!? いくらなんでも多すぎる」
「そんなのを相手するなんて聞いてないぞ!? 畜生っ、騙された!」
「給金が割高だからおかしいと思ったんだ! こんなんじゃ命を捨てに行くようなもんだろ!」
彼らは口々に不満を漏らし、リクレールを非難し始めた。
傭兵たちの中では既に心の中でリクレールに見切りをつける者や、いつ脱走してやろうかと考える者が続出したが…………
「静まれ! 金で雇われた以上、貴様らの命は金が支払われる限りリクレール様のものである! 命令に従わぬのであれば、容赦なく死罪とする!」
『ひぇっ!?』
リクレールの隣に立っていたサミュエルが、火山が噴火したかのように一喝して傭兵たちを黙らせる。
サミュエルの迫力に気圧されたのか、傭兵たちはそれ以上何も言わなくなった。
そんな彼らを見てリクレールは満足そうに頷くと、さらにこう付け加えた。
「そう、君たちには相場の2倍近くの給金を支払っている。これが何を意味するか、分かるかな? そうだね、普段の2倍働けってことだね。明日から君たちを、2倍の戦力で戦える傭兵に仕立て上げる。そのための軍紀をここでしっかりと叩き込むから、しっかり聞いておくように。後で聞いてなかったと言っても無駄だから」
「それについては私の方から説明するわ」
今度はアンナが壇上に立ち、傭兵たちに軍の規則を言って聞かせた。とはいえ、そこまで難しいものではなく、脱走は死刑、命令違反は死刑、盗みや私闘はそれに応じた身体罰などなど、文字が読めない者たちにもわかりやすいよう、簡潔にまとめてあった。
「特に脱走しようなんて馬鹿なことは考えないように。このアルトイリス城は周囲が山だから逃げるのにも一苦労だけど、そんなことより…………」
言い終わらないうちに、アンナは一瞬で弓に矢をつがえ、傭兵たちの頭上をかすめるように矢を放った。
放った矢は、こっそりとこの場から逃げ出そうとしていた2名の不届き者の頭を寸分違わず射抜く。
この光景を見た傭兵たちはようやく本能から理解した。自分たちは地獄に囚われたのだと…………
怯える傭兵たちを前に、リクレールはあえてにっこりと笑って説明を続ける。
「まあまあ、君たちが真面目に訓練をこなしていれば、毎日ちゃんとした食事は用意するし、汗を流すための浴場も用意してある。それに、時々嗜好品も売ってあげるから、君たちにとっても悪い話ばかりじゃないはずだ。それじゃあ…………期待しているよ」
こうして、逆らうことを許されなくなった傭兵たちは、ある者は恐怖に震えながら、ある者は今に見ていろと言った目をしながら、続々と兵舎へと送り込まれていった。
果たしてリクレールは、このゴロツキ一歩手前の傭兵らを立派な戦力へと変えることができるのだろうか。




