第146話 反撃策
だが、そのような雰囲気の中で「一ついいだろうか」と発言の許可を求め挙手した人物がいた。
車椅子に乗った白髪の少女……紫鴉学級随一の頭脳を誇るモンセーだ。
「皇太子が死亡したというのはおそらく憶測だろう……いや、何なら生きている可能性が高い。おそらく反乱を起こした連中は、まだ帝国を掌握しきれていないせいで、一刻も早く中立諸侯を味方につけたいだけでなく、あわよくば行方知れずになった皇太子をあぶりだそうというのだろう。連中の最大の狙いは、皇帝に近かったユルトラガルド家とコンクレイユ家、そして個人的な恨みがあるアルトイリス家の三侯爵家で、向こうが事前に引き入れた有力諸侯以外の態度を決めかねている諸侯は、最悪中立のままいてくれればそれでいいのだろうな」
「そうね、そう考えれば辻褄は合うわ。たぶん、レオニス殿下はまだどこかで生きていて、この状況だと自分がまだ生きていることを諸侯に示す必要が出てくるわね」
「ただ、やはり最後の準備でしくじったのだろうな。おそらくはもっと時間をかけて、我々を孤立させるよう仕向けることもできたのだろうが……アヴァリスが見せた失態で、時間と共にアルトイリス家の評判とブレヴァン侯爵家の評判が逆転してしまうことになったわけだ。あの男も自らのプライドで父親の計画を崩壊寸前にするとは、愚かなものだ」
そう言ってモンセーはやれやれといった風に呆れて見せた。
もし彼女の推測が正しいのだとしたら、ブレヴァン侯爵側もなんだかんだ言って余裕がないのかもしれない。そう考えると、俄然リクレールたちも付け入るスキが増えてくるというもの。
今まで敵の強大さを不安視していた者たちも、一連の流れを受けてむしろ勝てそうな気すらしてきていた。
「よし、それじゃあ今までの情報を踏まえて、僕から今後の展開について提案したい。まず、今回の最大の目標はブレヴァン侯爵の撃破だ。この反乱はすべてあの男が動かしているから、ここを断ち切ればマルセラン様と言えども進むことも引くこともままならなくなるはずだ。そのためには、なんとしてでもユルトラガルド侯爵家の首都リヴォリ城を守り切らなくてはならない。ここが陥落したら、おそらく帝都にいる帝国軍本体が加わって今後の対応が難しくなるだろう。シャル、君にはうちの正規軍の指揮権を渡すから、士官学校のみんなと共に実家の救援に向かってほしい」
「ああ、俺もそのつもりでいた。準備が整うまで気が気じゃなかったが、これでようやく親父の救援に向える、感謝するぞ」
「ただし……君には当分時間稼ぎをしてほしいんだ」
「時間稼ぎ?」
「うん、絶対に正面から戦っちゃダメだ。たとえ勝てると思っても、絶対に本気で戦ってはいけない。たとえどんな手を使っても、反乱軍をリヴォリ城にくぎ付けにしておいてほしいんだ」
「そうか……どれくらい時間を稼げばいい?」
「最低でも2ヶ月、可能であれば3ヶ月時間が欲しい。その間に僕は、東帝国から連れてきた質の低い傭兵たちを訓練して、まともな戦力にして見せる。そして、長期間の包囲で疲弊した敵に対して、逆転の一撃を加える。敵兵は5万といっても、おそらくその大半は傭兵や徴募兵だから、総大将さえ倒せば敵は散り散りになるだろう。逆に言えば、それしか僕たちは勝ち目がないと言える。だからシャル……君の働きに全てがかかってる。辛い戦いになると思うけど、学級のみんなと力を合わせれば、成し遂げられるはずだ」
「はは、言ってくれるじゃないか。まあ、どうせ俺たちの戦力じゃ正面から戦っても押しつぶされるのがオチだからな、せいぜい手品のように敵を翻弄して見せるさ」
ユルトラガルド侯爵家の首都リヴォリ城は巨大な堅城であるが、外部の援軍なしでは1ヶ月も持たないだろう。
だが、兵力は圧倒的に劣るとはいえ城の外に野戦軍がいるとなると、攻城側も城攻めに集中できなくなるし、籠城側の士気も落ちにくくなるはずだ。
それともう一つ決定的なのは、アルトイリス侯爵家がまだ東帝国のミュレーズ家と強固な関係を維持していることが西帝国内でも知られており、本当に来るかどうかは別として、時間がたてば東帝国の介入を許す可能性もある。
後継者としてあまり正統性が高いとは言えない皇弟マルセランを擁立した反乱側にとって、時間をかけるわけにはいかず、ところどころで無理をする必要が出てくる。
リクレールは最終的にその隙をついて敵を一撃で仕留める方策をとったのである。




