第145話 皇弟マルセラン
「待て待て、マルセラン様はレオニス殿下を後継者として強く推した方だぞ! それに我がコンクレイユ家とも親交が深く、私も戦場では何度も肩を並べて戦った戦友だぞ!」
「そ、そうですよ! だって……シャルロッテ様を帝都から逃がすよう画策してくれたのは、マルセラン様でしたのに!」
「じゃあ聞きますけどべルアーブルさん、帝都を脱出してからここまで逃げてくるプランを、直前で変更したりしませんでしたか?」
「え? えぇ、確かに元々は馬車移動の予定でしたが、決行日の3日前にビュランさんたちから道中に危険が多いと言われて、急遽船から自由交易都市同盟の港を経由してここまで来ました」
「やっぱり。その時点でマルセラン様は取り込まれていたんだろう…………ブレヴァン侯爵をはじめとした有力者たちに」
「リク……そう思うからには何か根拠があるのよね」
皇弟マルセランは肩書通り先日亡くなった西帝国皇帝の弟であり、年齢は50歳半ばとこちらもやや高齢であるが、皇帝に従って幾多の戦場を渡り歩いた優れた将である。
人格も優れており、清廉潔白にして公明正大。皇帝である兄をよく支え、次期皇帝になると言ってはばからない第二皇子アシュドットに対しきっぱりと反対し、レオニスを後継者として支持していた。
それゆえ、マルセランはレオニスの身辺警護を務めるコンクレイユ家や、皇太子妃を輩出したユルトラガルド家とも懇意にしており、間違っても敵に回るような人物ではないと思われていた。
だが、昨晩戦況の把握のため、帝国と各侯爵家の関係をリクレールとエスペランサが整理していた時、一つの可能性に思い当たったのだ。
『主様、ひょっとしたら今回の内戦の首謀者は、第二皇子でも第三皇子でもないかもしれないですわ。わたくしも見落としておりましたが、皇弟マルセラン様は後継となる男児には恵まれなかったものの、4人の娘がいるようですわ。その娘たちは外戚などに嫁いだようですが……1名だけ侯爵家に降嫁した者がいるようです。その嫁ぎ先はブレヴァン侯爵家……そして、彼女が生んだ男児こそ、東帝国で主様に因縁をつけてきたあの男ですわ』
「マルセラン様の心境にどのような変化があったかわからないけど、あの方は今になって自分の血統を後継者に据えようとしているに違いない。そして、その後継者となるのは、ブレヴァン侯爵家の三男…………アヴァリスだ」
『!?』
その場にいた者たち……特に士官学校出身のメンバーたちは雷に打たれたように驚愕した。
そして、白竜学級をはじめとした士官学校生徒やデュカスのような高名な教師が、なぜ内乱に加担するかという理由がようやく見えてきた……と言ったところで、大広間に駆けつけた文官が帝都から発せられたという文章をリクレールとベルリオーズに手渡す。
果たしてそこには――――
「なんと……リクレール、そなたの言う通りだ。マルセラン様が第二皇子アシュドット様と第三皇子ヴァリク様を無用な内乱を巻き起こした罪で捕えたとしているぞ」
「レオニス殿下は内戦中に死亡……よって、マルセラン様が次期皇帝として即位する。諸侯は新皇帝に従うように、と…………」
「レオニス殿下が……ということはビュラン兄上も!?」
「マルセラン様……いや、マルセランめ、気でも狂ったか。佞臣の言葉に乗せられて反乱を起こすなど!」
レオニスが死亡したという知らせで、ヴィクトワーレは兄も犠牲になった可能性が高い事に頭を抱え、ベルリオーズも怒りで手元の文章を片手で握りつぶした。




