第144話 敵は幾万ありとても
全ての人員が山越えを終えたということで、翌日の朝から重要な人物らが全員大広間に集められ、改めて現在西帝国が置かれた状況について説明を受けた。
「敵軍は総勢5万ですって……」
「まったく、そんな大軍いったいどこからかき集めてきたのやら」
「お、おい……本当に大丈夫なのか、これ!?」
もはや反乱というには規模が大きすぎる敵兵力に、特に士官学校出身の学生たちが不安そうな表情を浮かべていた。
「は……はっはっは! ブレヴァン侯爵は無駄遣いの達人ですな! 一侯爵がそのような兵力を抱えていれば、あっという間に破産待ったなしですぞ!」
「声が震えているわよ。別に怖いなら素直に怖いと言ってもいいのだけど」
一番怯えているように見えるのはガムランで、口では強がっているが、分かりやすく全身の脂肪がブルブル震えており、それだけで痩せそうな勢いだった。
それをアンナが呆れたように見ていたが、彼女も彼女で内心不安だろうというのが、リクレールも感じ取っていた。
そして、不安と恐怖に満ちてしまった空気の中で、リクレールはこのことがわかっていたかのように淡々と語り始めた。
「みんなが本当に勝てるのかと思ってしまうのも無理はない。僕たちだってやっとの思いでかなりの兵士を調達したというのに、向こうはその5倍以上、怖がるなという方が無理だ。けど、安心してほしい。僕はすでに、この状況を打破する戦略を練ってある。けど、それがうまくいくかどうかは…………みんなの頑張り次第だ」
「うむ、幸いにしてレオニス殿下の跡継ぎが奇跡的に我々の手中にある。いまだにレオニス殿下の消息は不明ではあるが……最悪の場合でも、反乱側に一方的に大義名分を渡さずに済む」
「父上……」
「ビュランなら殿下のことを最後までお守りすることができるとは信じているが、この状況では万が一のことも考えておかねばなるまい」
そう言って眉間に深いしわを寄せながらゆっくり語る、ヴィクトワーレの父にしてコンクレイユ侯爵であるベルリオーズ。
おそらく今集まっているメンバーの中でも、最も腕の立つ戦力の中核だけあって、彼がまだあきらめていないということは十分な安心材料であった。
皇太子レオニスにはヴィクトワーレの兄ビュランが護衛としてついているが、昨年末から彼と連絡が取れなくなっており、場合によっては最悪の事態も考慮せねばならないだろう。
「シャルロッテ様と共に帝都を抜け出してきたべルアーブルさんは何か知らないの?」
「申し訳ありません、私も帝都にただならぬ動きがあることまでは存じておりましたが、ことが起こる前に脱出したため、正確な情報は……」
今の一番の課題は、むしろ遠く離れた西帝国帝都の状況が今ひとつわからないことだった。
そもそも今回の反乱の首謀者であるブレヴァン侯爵は、誰を次の皇帝に仕立て上げるつもりなのか、今になってもはっきり見えていないのである。
この場に集まった者たちの大多数は、前々から自分が帝位を継げないことへの不満を公言し、遺言状の捏造まで行ったとされる第二皇子アシュドットが最有力とみているが、その割には不可解なことが多いと誰もが感じていた。
だが、ここでリクレールは一つの驚くべき仮説を打ち明けた。
「僕が思うに、ブレヴァン侯爵が次期皇帝に祭り上げようとしているのは…………皇弟のマルセラン様じゃないかなと」
「なにっ?」
「マルセラン様ですって!?」
そんなバカなと言った表情をするベルリオーズとべルアーブル。
果たしてリクレールは、何を根拠にそのような仮説を立てたのだろうか。




