第143話 浴場談義
「……私がこんなことを聞くのもなんですが、お二人は今回の戦いについて、どのくらい勝機があると思いますか」
「そうね、正直なことを言えば難しい戦いだと思うわ。正攻法で行くなら、国境で防備を固めて、東帝国から増援を呼ぶべきだと思うんだけど、状況はそうはいっていられないわ」
「私はそうは思わんな。むしろこの程度の苦境を逆転してこそ、本物の将というものだ。聞けばリクレールは5倍の魔族軍相手に完勝したそうだな、そのような才能があったと知ったら、うちのクラスに欲しかったところだ」
「それは違うわローレル先生、本物の将とはまず自分を不利な状況に置かないことが何より大切だと私は思うの。たとえ苦戦が見込まれても、最善の準備を尽くして、少しでも有利になるようにしなければ」
「ふん、いちいち準備に時間をかけすぎて勝機を逃すのも馬鹿らしい。重要なのは主導権を握り、敵の意表を突くことにある。まるで立場が下の優男が屈強な上官をやり込めて一転攻勢をするかのように…………」
「ローレル先生の趣味を否定するつもりはないですが、逆転モノはやはり邪道、勇者とその好敵手がお互いに全力を尽くしあい、そこから生まれる愛こそが至高だと……」
「はいはい、お二人の考えは分かりましたから、女子学生がいるところでそんな話題で盛り上がらないでください」
ウルスラとローレルが仲が悪い理由は様々あるが、その一つに理想の戦術の違いが挙げられる。
紫鴉学級を受け持つウルスラは、万全の準備をして正攻法と策謀などあらゆる要素を駆使することを理想としており、逆に青狼学級を受け持つローレルは準備に時間をかけるより急戦で戦いの主導権を握り続けることが肝要であると考えている。
そして、帝都でひっそりと頒布されている婦女子向けの「秘本」における志向も、ウルスラが正統派を好むのに対し、ローレルは逆転劇を好むため、二人はこの分野で何度も対立している。
「で、肝心の白竜学級OBはこの状況をどう考える?」
「私にまでそんな皮肉を……でも、私も不思議と負ける気がしないんですよ。話によれば、向こうはずいぶんとたくさん兵を集めているみたいですけど、リクは慌てるどころか凄く落ち着いていました。リクの中にもう勝つ算段あるのだとしたら、私はたとえどんな手段を講じることになったとしても、ためらわずに進んでいくつもりです」
「ヴィクトワーレさん……やっぱり、リクレール君のあの変化は」
「皆まで言わないでください、変わったところもありますけど、大事なところは変わっていませんから。あと、運がいいことに前から考えていた懸念事項も、一つ解決済みですし」
「懸念事項というと、シャルロッテ様の忘れ形見のことか。帝都では二人の皇子が互いに皇位を僭称しているが、どちらが勝ったとしても正統な後継者はこちらが握っているも同然だ」
「向こうの陣営が皇帝を祭り上げたらさすがに厳しい戦いだったけど、少なくともこれでハンデはないどころか、立場は私たちが有利ね」
「ええ、ですからお二人は、どうかリクのことを信じてあげてください」
「その様子だと何かたくらんでいるな? まあいい、むしろそう来なくてはな」
「でも、リクもあなたも無理はいけないわ。きちんと先生たちを頼ってね」
今回の戦いも、なんだかんだ言って侯爵であるリクレールが中心になって動いていくことになるだろう。
だが、士官学校の学生の中でもかなり年下であり、全員がきちんと彼の命令を聞くとは限らない。
ヴィクトワーレは今までの会話で、担任二人にリクレールの指揮に従ってほしいと暗に頼んだのである。
特にエスペランサの考える策は一見すると非道な部分が多いので、そう言ったことも含めてあらかじめ釘を刺しておかねばならない。
(とはいえ、私もまだエスペランサが何を考えてるかわからないんだけどね)
あの魔剣のことなので、下手をすればヴィクトワーレを犠牲にする策すらも躊躇なく実行しそうではあるが、それでもリクレールのためならば…………
ヴィクトワーレは希望と不安が半々に入り混じりながら、風呂で汗と汚れを流し、その日の夜はリクレールからゆっくりと休んでほしいと言われたので、その言葉に甘えて泥のように眠ったのだった。




