第141話 奇策
「ま、待った待った! それは下手をすると……シャルを裏切ることになるじゃないか!」
『主様、敵を騙すにはまず味方から、ですわ。もちろん、シャルンホルスト様の力量次第では、実質的に見殺しになることも覚悟すべきではございますが、現状はこれ以上効果的な策はございません』
「それは確かにそうだ……この策が成功すれば、いくら敵兵が多くても一網打尽に出来る。けど、僕にそんな決断は、とても…………」
『では主様、お姉さまの仇を前に、みすみす勝機を逃すおつもりでございますか? お姉様が命を賭してでも守りたかった、この西帝国の国土と、主様が受け継いだアルトイリス侯爵家を、あの狡猾で強欲な侯爵にむざむざ渡すおつもりでございますか?』
「…………ずるいよ、エスペランサ。そうまで言われたら、ウジウジすることなんてできないじゃん」
『そのためのわたくしでございますわ』
「わかった、僕も腹をくくるよ。親友のために、とことん暴君を演じて見せようじゃないか」
リクレールは思った。
自分にもっと力があったら、それこそブレヴァン侯爵のように、しっかりとした準備期間があればこのような事態は避けえたはずだった。
それができない以上、奇策をもって盤面をひっくり返すほかなく、そのためには冷酷な手段すらも用いねばならないのだと。
「ただし、一人にだけはこの作戦のことについて話しておきたい」
『あまりお勧めはしませんが……ヴィクトワーレ様でしょうか?』
「いいや、話すのはシャルだ」
『なんですって!?』
珍しくエスペランサが驚いたように声を上げた。
『お待ちください主様! シャルンホルスト様はこの作戦で最も不利な立場に置かれるのですわ! もしあの方が断れば、策はすべて水の泡に……!』
「だからこそ、筋は通しておきたいんだ。ほかの誰でもない、シャルだからこそね。それに、僕はシャルなら断らないと信じているよ」
『……もし、シャルンホルスト様がこの作戦を却下したら、主様はいかがなさいますか』
「その時は僕とトワ姉だけで、この領地を捨てて東帝国に亡命するさ。ミュレーズ家にはたっぷり恩は売ってあるから、何とでもなるはずだ。けど、そんなことは絶対に起こさせない。ここで躓いているようじゃあ、姉さんの仇なんていつまでたっても討てないからね」
『左様でございますか……承知いたしました、主様にお任せいたします』
自分の意見に反論してきたリクレールを困った目で見つめるエスペランサだったが、最終的には主の強い意見を尊重し、受け入れることにした。
果たしてリクレールの決断は良い方向に転がるのか、それとも作戦を台無しにするのか。




