第14話 口説き文句
彼女はてっきり、リクレールがほかの二人も含めて移籍を引き留めしていると思っていたのだが、彼が必要としているのはアンナだけだとはっきり口にしたのだ。
『その調子でございますわ主様。相手は明らかに動揺しておりますゆえ、ここからさらに押していきましょう。女性を口説くには、一に押し、二に押し、ですわ』
(口説くって……まあ、今の状況は似たようなものか。なんだかペテン師になった気分……)
会話の主導権を握ったと判断したエスペランサとリクレールは、勢いに乗じてさらに畳みかける。
「僕は前々から思っていたんだ。今までのやり方じゃ、アルトイリス家は立ちいかなくなってしまう。姉さんが亡くなった今はなおさらだ。これからアルトイリス侯爵家は、国としての在り方を根本的に変えていく必要がある。その一環として、アンナさんには民兵の訓練を担ってほしい」
「民兵の訓練を……?」
「アルトイリス侯爵家は、今後しばらくは招集した民兵と傭兵を主力としていく。騎士団を一から再建するのは時間がかかるから、その間の戦力はどうしても民兵や傭兵頼みになるからね」
「そのようなことをなさいますと、残っている数少ない騎士たちや貴族たちの反感を買うのでは? それに、傭兵出身の私が言うのもなんですが、傭兵はあくまで金のために戦うわけで、侯爵家への忠誠を期待できない以上、主力として使うのは難しいかと」
リクレールの唐突な申し出に驚きながらも、アンナは冷静に問題点を指摘していく。
アルトイリス領は傭兵への偏見や差別はないのだが、やはり元から仕えていた騎士や貴族たちからは不満が出るだろう。
だが、リクレールは不敵な笑みを浮かべながら、恐ろしいことを口にし始めた。
「もちろん……不満は多かれ少なかれ出るはず。貴族たちは自分たちの権益が損なわれるからね。反乱を起こすかもしれない。そうやって非協力的な態度をとり続けてきたから、この国は足並みがそろわなくなって…………僕が大好きだった姉さんは死んだ。姉さんの仇は魔族だけじゃない、この国にもいる。そんな奴らは……この魔剣で全員あの世へ送ってやる」
「…………」
今まで軟弱な印象を持っていたかつての主の弟に、冷や汗を掻かされる日が来るとは思いにもよらなかった。
しかし同時に、そこまでする意思があるのであれば、ある意味で「本物」かもしれないとも思い始めた。
(マリア様を失ったショックで、かえって精神的に脱皮したのだろうか。弟君の器では土着貴族の傀儡になるだけだと思っていたが、これほどまでの意志があればあるいは…………)
しばらく沈黙が続いた後、アンナがゆっくりと確かめるように口を開く。
「もし、改めてお仕えするということになるのであれば、一つだけ条件があります」
「わかった、条件を聞こうか」
「新兵の訓練を一任していただけるのであれば、私のやり方に一切口を挟まないとお約束いただけますか? やるからには徹底的にやらなければ意味がありません」
「勿論、君に一任しよう」
「……わかりました。そこまで言うのであれば、不肖アンナ・ミトライエスは弟君、いえ、リクレール様にお仕えいたします。契約を更新いたしましょう」
こうして、リクレールの説得の甲斐あって、アンナはアルトイリス侯爵家に残ることを決心してくれたのだった。




