第138話 奴らを甘く見ていた
「気にすることはない……俺なら大丈夫だ」
「シャル!? だ、大丈夫なの!?」
「おいあまり無茶するな! ただでさえ疲れてるんだから、少し休んでろよ」
「うちの領土が荒らされているときに、暢気に休んでいられるかってんだ」
リクレールたちが報告を聞いている最中、シャルンホルストがゆっくりとした足取りで執務室へと入ってきた。
彼の眼もとはまだ赤く腫れており、気分もまだすぐれないようだったが、実家が危機であることを思い出し、作戦会議に合流してきたのだ。
「なるほど……ユルトラガルド家は完全に後手に回ったわけか。屈辱だな……しかし、奴らは何年も前からこの時のために準備してきたのだとしたら、後手に回るのも当然だ。俺たちは奴らを甘く見ていた、ということだ」
シャルンホルストはそう言って深くため息をついた。
彼の言う通り、ユルトラガルド家はブレヴァン侯爵家が攻めてきたら、普通に戦って守ればいいとだけ考えていたのだが、権謀術数を得意とするブレヴァン侯爵は、見えないとこから手をまわし、逆襲の機会をうかがっていたのだろう。この差は一朝一夕で覆せるものではないことはわかっている。
「けどよォ、俺たちに出来ることなんざ一つしかねェだろ? 城を包囲したブレヴァン侯爵軍を横から野戦で叩く、それだけだ。俺の部下たちや東帝国から連れてきた連中で、まとめてかかりゃ互角になるだろ」
ブレヴァン侯爵にしこたま恨みがあるデルセルトは、兵が集結次第直ちに攻撃すべきだと気炎を上げた。
現に、アルトイリス家は軍備増強の結果、正規軍は2000人まで回復し、東帝国で雇った傭兵が4000人と、領内で徴募兵をかき集めれば6000人強は用意できるはずだ。
ここに、友好国であるコンクレイユ家や籠城しているユルトラガルド家の軍も加えれば、最終的に15000人を超える兵力になるだろう。
これだけいれば、大抵の敵とは互角以上に戦える見込みであったが……アンナから、さらにとんでもない報告がもたらされた。
「リクレール様、私の部下からは敵戦力の大まかな報告も届いています。それによれば、ブレヴァン侯爵家の総兵力は5万以上、とのことです」
「5万だと!? 一体どこからそれだけの兵士を……!?」
真っ先に驚きの声を上げたのはシャルンホルストだった。
西帝国全体の趨勢にかかわる内戦とはいえ、一侯爵が動員できる兵力としては桁違いだ。
そして、これだけの兵力を一度にぶつけられては、さしもの豪傑で知られるユルトラガルド侯爵ランツフートであっても、野戦で防ぐことはできないと判断するのも無理はない。
「5万人か…………西帝国の内乱のために、自分の欲のためだけに、そんなに大軍を集めることができるのか」
「リクレール?」
リクレールが震えるような声でつぶやいたのを聞いたゼークトが、彼の方を見ると……リクレールはかつてないほど暗く恐ろしい表情をしていた。




