第136話 リエナ
生まれたばかりの子供は、別室で産湯に浸かりながら入念に洗われており、今は万が一のことがあるといけないのでしっかりとした布にくるんでいたところだった。
メルティナが大急ぎで、かつ慎重に、生まれたばかりの赤ん坊を抱えて部屋に戻ってくる。
赤ん坊はただならぬ周囲の雰囲気を感じ取ったのか、泣き止むどころかより一層激しく泣き声を上げていた。
「シャルロッテ様……貴方が命を懸けて守り切った、かわいらしい娘さんですよ。皇太子殿下とシャルロッテ様の愛の結晶……しっかりと、お確かめください」
「ふふ、赤ちゃんって……こんなに暖かくて、かわいらしいのね。……私がお母さんよ、うまれてきてくれて……ありがとう」
幾筋もの涙を流しながら、生まれてきたばかりの愛娘を腕に抱えるシャルロッテ。
ひたすら泣くばかりだった赤ん坊も、母親のぬくもりがわかるのか、シャルロッテに抱きかかえられたことで次第に泣き止んでいった。
そうしている間にも、彼女の周囲では神官たちが必死になって回復術を唱え続け、それ以外の者たちも何とか回復するように祈ったが――――
「べルアーブル…………お願いが、あるの」
「はい! なんでもお申し付けください! シャルロッテ様のためなら、何でもっ!」
「どうかこの子を…………リエナを、安全なところへ、匿ってあげて」
「っ!! それはっ!」
「レオニス様も……ご無事かどうかわからない。私も、これ以上はもう…………だから、せめてリエナだけは」
「伯母上っ! だめです! この子には、これからあなたの愛情がたくさん必要で!」
「もう、いいの……みんな、わたしのかわりに……リエナを……」
細い糸のようにか細い声が、ぷつりと途切れた。
シャルロッテの口からは、もう声も、呼吸も出てこない。
しかし、その最後の顔は……どこか安心したかのように穏やかであった。
「シャルロッテ様……シャルロッテ様っ!! 目を、お開け下さいっ!!」
「伯母上っ、まだあなたにはやることがたくさんあるんですからっ! 起きてくださいっ! お願いしますっ!!」
「なんということだ、皇太子妃様が亡くなるなんて」
親類を失ったシャルンホルストと主を失ったべルアーブルは、シャルロッテの遺体に縋るように号泣する。
それを遠巻きに見ていたリクレールも、目の前で皇太子妃が亡くなるという衝撃の事態に、しばし言葉を失っていた。




