第134話 奇跡的に繋がった希望
翌朝早く、リクレールたちが乗った船がアンクールの町の桟橋に到着すると、リクレール、レイ、シャルンホルスト、ゼークト、デルセルト、そしてサミュエルらは着岸と同時に飛び降りるように船から駆け出し、川岸の高台に建つ町長の館へと急いだ。
「シャルロッテ伯母上っ! 無事ですか!?」
「っ! シャルンホルスト様っ、戻られたのですか!?」
「その声は……べルアーブル! ということは、シャルロッテ伯母上は無事だったのか!」
「いえ、それが……!」
近衛兵の鎧を身にまとった、紫髪に褐色の肌が特徴的な女性べルアーブルの姿を見たシャルンホルスト。
彼女はシャルンホルストの実家であるユルトラガルド侯爵家に仕える重臣の一人にして、皇太子妃シャルロッテの信任厚い近衛騎士である。
べルアーブルの髪はぼさぼさで、マントや鎧もかなり汚れ切っているが、幸い戦いの傷などはなさそうだった。
だがそんなことより、彼女の背後では大勢の女官が慌ただしく動いており、誰もが何かに取りつかれたように必死な表情をしている。
「メルティナっ! これは一体何事!?」
「リクレール様……お戻りでしたか。ご説明差し上げたいのは山々ですけど、そのようなことをせずとも、すぐにわかるはずですわ」
「それはどういう――――」
どういう意味だと聞こうとしたところで…………奥の部屋から柔らかくも甲高い鳴き声が響いてきた。
「うそ!? ま、まさか……赤ちゃんが生まれた!?」
「そのまさかです、リクレール様。シャルロッテ様は船でこの町まで逃げてこられた際、激しく衰弱しておられた上に、陣痛に苦しんでおられました。あともう一歩遅ければ、母子ともにどうなっていたことか」
「は、ははは……寿命が縮んだかと思ったぜ」
ようやくすべての事態が飲み込めたシャルンホルストは、安心して腰が抜けたのか、その場にへなへなと座り込んでしまった。
どうやら皇太子妃シャルロッテは身重にもかかわらず、厳しい冬の寒さの中を僅かな護衛だけを連れて小舟で脱出してきたようで、間一髪出産前にアンクールの町にたどり着いたのだった。
一歩間違えれば母子共々命を落としていた可能性が大きく、また、そんなことをしなければならなかったことから、彼女の身辺がかなり危険だったことがうかがえる。
奥の部屋から聞こえてくる元気な赤ん坊の声を聞いて、べルアーブルもようやく幾分か肩の荷が降りたことだろう
「そのようなわけで、申し訳ございませんがリクレール様やシャルンホルスト様には、しばらく別の部屋で滞在していただきますが、よろしいでしょうか」
「勿論だよ。さすがにこの状況でいつもの部屋で寝泊まりするわけにはいかないし」
「俺は休めるならどこでもいい。ここのところ強行軍続きで、身体が悲鳴を上げている……久々に沐浴もしたいしな」
「僕はレイと一緒に後続のメンバーの受け入れ準備をするから、サミュエルはシャルやゼークト、それにデルセルトが休める部屋を用意してほしい」
「はっ、すでに用意がございますので、すぐにでもご案内いたしましょう」
「なんだ、随分と用意がいいな。数年ぶりのまともな寝床だ、ありがたく使わせてもらうぜ」
「お前どんな生活してきたんだよ……」
船の中で寝たとはいえ、寒さと揺れでまともに寝付けなかったリクレールたちは、山越えによる強行軍も相まってすっかりクタクタだった。
幸いシャルロッテは無事に出産できたことだし、落ち着くまでは正式な面会はできないだろうということで、彼らはあらかじめサミュエルが用意した客間で一休みすることにした。
ところが…………運命はそうやすやすと彼らに休息を与える気はないようだった。




