第132話 サミュエルの出迎え
年が明けてから山道を進むことさらに10日、リクレールたちはようやくアルトイリス領東端にある町メッツに到着した。
そしてそこには、リクレールが留守の間アルトイリス領を守っていた老齢の家宰サミュエルが待っていた。
「おかえりなさいませ、リクレール様」
「サミュエル! 長い間任せきりにしてすまなかった! 領内が平穏無事だったのは定時連絡で知ってはいたけど、先日出した手紙の件について動きはあった?」
「はっ、そのことにつきましてすぐにお伝えすべきことがございますが……それ以上に喫緊でご確認いただきたいことがございます。長旅を終えたばかりで恐縮ではございますが、至急アンクールの町までお越しいただけますでしょうか」
「……わかった、急いで向かおう。レイ、シャル、ゼークト、それにデルセルトも、僕についてきてくれ。サンシールとスーシェは兵士たちを休ませている間に、後続のトワ姉やガムラン、ウルスラ先生たちに僕たちが先にアンクールの町に行ったことを伝えておいてほしい」
「うむ、任された」
「わかった、気を付けてね!」
こうしてリクレールたちはサミュエルの案内で大急ぎで街道を馬で駆け抜け、途中でミッドルタ大河を下る船に乗り換えた。
船が桟橋から離れた時にはすでに夕刻となっており、河を下っていくうちにすぐ夜となった。
「ご主人様、それに皆様方、お食事ができました。今はこのようなものしか作ることが叶いませんが……」
「ありがとう、今はこれでも十分すぎるよ」
「うー、あったけぇ……馬で飛ばしっぱなしだったから、体が冷えていけねェ。冬の風はケツに沁みるぜ」
「それを言うなら身に沁みるだろうが……尻に沁みるのは辛いもの食ったときくらいだろ」
レイが作り置きで保管していたシチューを温めてくれたので、身体がすっかり冷え切っていた男たちは、ようやく人心地着くことができた。
リクレールも山越えの疲労や船の揺れで、このまま眠ってしまいそうになったが、ぶんぶんと首を振って眠気を覚ますと、改めてサミュエルに声をかけた。
「サミュエル、こんな状況下で申し訳ないけど、今何が起きているのかを教えてほしい」
「承知いたしました。まず……オルセリオ三世陛下が崩御されたと報告がございました」
「陛下が崩御……」
皇帝崩御の報を聞いたリクレールたちは、何ともやるせない表情を見せた。
いつか起きるだろうと覚悟していたのでショックは少なかったが、分かっていて止めることができなかったことに無力さを感じた。
サミュエルの報告によると、西帝国皇帝――オルセリオ三世は、帝都タイラスルスの宮殿で行われた新年の宴の際、中座して暫くして厠で亡くなっているのが発見されたという。
正確なことはまだわかってはいないが、外傷の類はないらしく、食事類からも毒は検出されず、今のところは病死の線が強いとのことだが…………
「んな如何にもなタイミングでの病死とかありえるのか?」
「どうだろう……本格的な検死はこれからだろうが、そんなことしている暇はなさそうだし、いずれうやむやになるんだろうな」
ゼークトとシャルンホルストの言う通り、病死にしてはあまりにもタイミングが良すぎた。
食事から毒が出なかったと言えども、それ以外に体に害のあるものを摂取させる方法はいくらでも存在するので、反乱でうやむやになってしまえば暗殺したという証拠はなくなってしまうだろう。
ただ、エスペランサだけは何となく別の原因を考えていた。
『主様、わたくしが思いますに、皇帝の死因は複合的なものでございましょう』
(複合的?)
『これも主様の知識から読み取らせていただきましたが、皇帝陛下はかなりの量の酒を嗜まれるとのこと。この時期の飲酒はただでさえ血の巡りを悪くする上に、老年の人間には禁忌となる食事がいくつかございます。おそらく、宴で出された食事の中にその類のものが混ざっていたのでございましょう』
(なるほど……そういう食べ物もあるのか。僕も気を付けないと)
エスペランサの言う「血の巡りが悪い」とは、今でいう「高血圧」のことであり、貴族の間ではあまり知られていないが意図的に血圧を急上昇させる料理の食べ合わせも存在する。
おそらく犯人となる人物は、皇帝を脳卒中にして殺害したのだろうとエスペランサは予想したのだ。
リクレールはいまいちピンと来ていなかったが、自分もあまりお酒は飲まないようにしようと心に誓うのだった。




