第130話 未来の片輪
『当たりですわ主様。この男は何らかの理由で故郷の領地を追われたものの、力を蓄えて復讐の機会を狙っているのでございましょう』
(僕も、一歩間違えばこの男のようになっていたと思うと、他人事とは思えない)
『しかし主様、同情のし過ぎは禁物ですわ。この油断ならない瞳、おそらく飼い主であろうとも、隙あらば噛み殺そうと狙う猟犬のそれですわ』
(むしろその気概があるほうが、今は頼もしいよ)
『それもそうですわね』
心の中でエスペランサと確認しあうと、リクレールは改めて彼に手を差し伸べた。
「この地は僕の領土も近い。仲間にならないというのであれば、残念ながら君を殺すほかなくなる。こう見えても僕は、魔族の総大将を一騎打ちで打ち取ったこともあるんだ。今ここで全滅させるのも容易い。けど、もしともに戦う仲間になるというのであれば、すぐに活躍の場を与えてあげよう。場合によっては、伯爵……いや、侯爵だって夢じゃないかもしれないよ?」
「……なるほど。ぐうの音も出ねェ誘い文句だな。テメェらはどう思うよ」
男は部下の騎士たちに話を振るが、お互いに顔を見合わせ困惑するばかりだった。
「そりゃ、俺たちはデルセルト様の行くところにはどこまでもついてまいりますが……」
「ちゃんとした寝床と食いもんがある場所があれば、そっちの方がありがたいのが正直なところです」
「けど、あまりにも話がうますぎて、裏があるんじゃ……」
部下たちもできればこんな辺鄙なボロ要塞で強盗して生きていくよりは、きちんとした家で生活していきたいだろう。
とはいえ、貴族も容赦なく殺すという噂の張本人からスカウトされて、果たして自分たちの安全が保障されるかという疑問もある。
「まあ、確かに適当に仕事をしていればいい訳じゃない。これから僕たちは……強大な敵、ブレヴァン侯爵を含む西帝国貴族の半分以上を敵に回すかもしれない。君たちにはその先鋒を担ってもらう――――」
「ブレヴァン侯爵、だと……?」
ブレヴァン侯爵の名前を聞いたとたん、黒づくめの男……デルセルトの目の色が変わった。
「チッ、それを早く言いやがれ。無駄にあれこれ悩んで損したぜ。あいつと敵対するってなら話は別だ、俺たちにも協力させてくれ」
「何か事情があるみたいだね」
「ああ、詳しいことは後で話すが…………俺の名は、デルセルト・ジーゼル。あの野郎……ブレヴァン侯爵に一族の汚名を着せられ、尻尾をまいて逃げたならずもの騎士だが、俺の剣と心はまだ折れちゃいねェ」
「わかった、話してくれてありがとう。ともに西帝国を私物化しようとしている者たちを打倒そう」
「いいぜ、お前の力になってやる、ただし……」
デルセルトはリクレールから差し出された手を力強く握った。黒ずくめの中にあって、ひときわ輝く金色の瞳で鋭くにらみながら。
「お前もあのクソ野郎のように、俺のものを取り上げようなんざ考えたら…………今度は俺の剣をその首に突き立ててヤラァ。覚悟しておけよ」
「……それは、今後の君の活躍次第だ」
「まあ、それでいい」
以前のリクレールであれば、彼のような恐ろしい人物に面と向かってすごまれたら、たちまち腰を抜かしていたことだろう。
けれども、エスペランサと共に修羅場を潜り抜けて度胸がついた今となっては、むしろ言い返すほどの度胸が身についた。
暴君たるもの、最も大切なことは家臣に舐められないことだ。
こうして、リクレールは思わぬところで強力な仲間を臣下に加えることができた。
後に「アルトイリスの両輪」と称される名将デルセルト、その活躍はここから始まることになる。




