第126話 年越しの山越え
翌日、リクレールたち一行は冷え切った早朝の空気の中、陣払いを行って帰路に就いた。
平野部でも時折山から吹きすさぶ冷たい風が彼らを凍えさせたが、アザンクール山脈の山道に差し掛かると、寒さと風の強さは一気に増し、防寒の用意が十分ではない者にとっては地獄のような道のりだった。
「ち、ちくしょう……こんな極寒の中を進むなんて、きいてねぇぞ……」
「割のいい仕事だって聞いたのに、騙されたっ」
「うう……もう歩けない」
目的も聞かされずに金だけで雇われた傭兵や労働者たちは、寒さと風の強さに文句を言いながら、それでもリクレールの旗印に従って歩き続けた。
逃げ出そうにも、こんな山道で迂闊に行列から離れたら、待っているのが「死」だけだということを誰もがわかっているからだ。
また、朝食と夕食はメルと新しく雇った使用人たちが作る暖かい料理やスープが提供され、身も心もすっかり凍え切った人々にとっての命綱となったことも、順調な行軍を後押ししたのだった。
それでも、行きとは違い大勢の人々を連れての行軍は進む速度を大幅に遅らせ、結局リクレールたちはアザンクール山脈越えの中間地点辺りで新年を迎えることになってしまった。
「やれやれ、山の上から新年の太陽を拝むのも悪くはないが、せめて屋根のあるところで年を越したかったぜ」
「それについては同感だが、たとえ早めに山を越えても、祝う時間なんてなかっただろうさ」
「みんなごめんね、僕が無理を言ってこんな時期に山を越える羽目になって」
「気にするなよリクレール! 悪いのはお前じゃない、ナントカ侯爵ってやつのせいだ」
「ブレヴァン侯爵な」
一団の先頭では、リクレールとシャルンホルスト、それに級友のゼークトが馬を並べて、信念を平和に祝えないことをぼやいていた。
「ところでリクレール、前からずっとこの場所に用があるって言っていたが、誰か待っている人がいるのか?」
「うん、随分と迎えに来るのが遅れちゃったけどね。心変わりしてないといいんだけど」
「俺はこの前話を聞いたな。山賊を戦わずに降伏させて、仲間にする約束をしたんだっけ」
「山賊を仲間に!? おいおい、それって大丈夫なのかよ」
「大丈夫、僕は信じるよ」
リクレールがわずかな手勢だけ連れて道を先行しているのは、行きの道中でリクレールに降伏して改心すると誓った、ドルド率いる山賊団を迎えに行くためだ。
色々あって帰還の時期が遅れてしまったので、彼らがへそを曲げていなければいいがと思うリクレールだったが、エスペランサは『待てないのであればそれまで、ですわ。主様のお役に立てる資格がなかったとみなしましょう』となかなかドライなことを言ってのけた。




