第123話 支配者の眼
リクレールたちが帰った後も、大広間ではセレネへの面会が続いていたが――――その光景を、大広間の最奥にある玉座から眺めていた者が、ふと口を開いた。
「先ほどの銀髪の少年、アルトイリス侯爵を継いだばかりと聞いたが」
「あの年少侯爵ですか。西帝国が誇った名将マリアの弟とのこと。正直なところ、あまり良い噂は聞きませぬが……」
「例えば?」
「武門において誉れ高きアルトイリス家に生まれながら、体質は虚弱で剣術を学ぶこともままならず、姉の過保護の元で育ったせいか意志薄弱にして、男にあるまじき線の細さであると。そして何より、聖剣アレグリアを継ぐことができず、ミュレーズ候セレネ殿に渡すことになったと。諸侯の見立てでは、名門アルトイリス家はあの侯爵の代で潰えるともっぱらの評判でございます」
「なるほどな」
玉座の主は、よく手入れされた長い赤毛の髭を撫でながら、傍に控える重臣の話を聞いていたが……
「であれば、噂など案外あてにならぬものなのかもしれんな」
「と、申しますと」
「あの眼は……支配者の眼だ。まだ成長途上のようだが、いずれは双眸で睨むだけで相手を屈服させかねん」
「左様でございますか……しかし、あのような弱々しい少年がそのようになるとは、とても想像ができませぬ」
「……余の眼を見ても、そう思えるか?」
そう言って、サファイアのように深く青い両眼が、重臣を横目でぎろりと睨むと、彼はたちまち腰から力が抜けて、へなへなとその場にへたりこんでしまった。
「も、申し訳ございませんっ! 何卒お許しを……!」
「……ふっ、冗談だ。そなたは今まで通り、思ったことをそのまま申せばよい。ともあれ、余があの少年を評価する理由はそれだけではない。誰かに入れ知恵されたかも知らぬが、自分の売り時をよく心得ておる」
「売り時、でございますか」
「恩と言うのはただ売ればよいものではない。恩は、敵を弱らせる毒薬であり、友を繋ぎとめる鎖である……いずれあの少女は、少年に対して莫大な恩義を返さねば割に合うまい」
「なっ!? で、では……あの少年はいずれ東帝国に害をなすと!? では、今のうちに排したほうが」
「そなたは短慮よのう。この際、むしろ利用してやるのだ。奴が離せぬ鎖を打ち込むというのであれば、こちらもその鎖を離せぬようにする。支配者とは……かくあるべきなのだ」
玉座の主――――東帝国皇帝オレリアン五世は、周囲の者たちに言い聞かせるように語ったのであった。




