第119話 ミュレーズ家の醜聞
「聖剣アレグリアと言えば……亡くなったマリア様のいたアルトイリス家は、ミュレーズ家に騎士まで引き抜かれて大丈夫なのだろうか?」
「私は、タウンハウスの使用人を無許可で全員引き抜いたって聞いたけど」
「葬儀でもいろいろ変な噂を聞いたな。なんでも、アルトイリス家を露骨に冷遇しようとしていたとか。どこまで本当かは知らんけど」
強い輝きは必然的に暗い影を作るように、いつの間にか人々の間にはミュレーズ家のよくない話がちらほらと聞こえるようになった。
流石に表立って非難する者はいなかったが、万事順風満帆のミュレーズ家に何か裏があるのではと勘繰る人々が増えているのもまた事実だった。
これがセレネの耳に入れば、彼女は正々堂々と事情を説明し、必要であればミュレーズ家の誤りを認めるかもしれないが……幸か不幸か、これらの与太話をセレネが知ることはなく、帝国の人々が純粋に自分たちを応援してくれるものと、心の底から信じていた。
そのように、一部の心ない人々がミュレーズ家とアルトイリス家の密かな確執の噂に興じていると……もう一人の噂の渦中の人物が、大要塞に続く道を進んでいくのが見えた。
「噂をすればなんとやら…………あれが新しいアルトイリス家の侯爵だ」
「ああ、士官学校に通っていた頃から知っているし、一度街中でお見かけしたこともあるよ。でも、随分と……印象が変わったかも?」
「以前お見かけした時は、まるで女の子、というかお人形みたいだったわ。なのに、あんな立派な剣を背負って、気品のある馬にまたがると、王子様みたいに見えるから不思議よね」
堂々たる体格の黒い馬にまたがり、背中に妖艶な濃紫の大剣を背負い、堂々とした姿で進みゆくリクレールの姿があった。
彼の右隣りにはコンクレイユ家の名代となったヴィクトワーレが、そして左隣にはユルトラガルド家の名代であるシャルンホルストが並び、二人もリクレールに負けず劣らず凛々しい立ち振る舞いで人々の目を引き付けた。
「この式典が終わったら……またセレネとは当分会えないのか。少し寂しいけど、セレネにはマリア姉さんの分まで頑張ってほしいな」
「そうね。それに引き換え、私たちは魔物と戦う前に、同じ帝国の人間同士で戦わないといけないなんて、情けない思いだわ」
「俺たちが情けない思いするのは筋違いだと思いますね。恥知らずなのは、こんな時に西帝国を私物化しようとしている奴らだ」
「うん、シャルの言う通りだ。奴らの思い通りにはさせない、そのために……準備をしておいたのだから」
こうして3人は、出征するセレネに挨拶をする貴賓として、参列する諸侯たちの列とともに会場へと入っていった。
西帝国の諸侯だけでなく、東帝国の貴族の間でも、リクレールのことについてあまりいいイメージを持っていない者が多かったが、黒光りする馬体のネージュにまたがる大剣を背負った銀髪の貴公子の姿は非常に見栄えが良く、事前のイメージを覆された者たちは一様に驚きの表情を見せていた。
まるで、これまでリクレールを小ばかにしてきた者たちに、その思いが浅はかなものであると警告するかのように……少しも物怖じすることなく、胸を張って進んでゆく。




