第10話 聖剣を継ぐ少女
一方そのころ、アルトイリス城に向かう街道を約1000人ほどの騎士団が行軍していた。
その先頭で白い馬にまたがり、快晴の空のような一点の曇りのない碧髪を靡かせる少女セレネは、遠くに城の門が見えてきたところで、懐から口紅入れを一つ取り出すと、乾いた唇を紅で薄く覆うように指でなぞった。
「リク君……大丈夫かしら。あんなに大好きだったマリアさんが亡くなってすぐなのに、次期当主になって葬儀を主導するなんて」
「アルトイリス家はマリア様と多数の有力家臣を失い、国政が混乱している故、一刻も早く代替わりを行い領内を安定させたかったと推測しますが、私個人としてはいささか拙速に過ぎると愚考しますとともに、かの家の特異的な役割を勘案するとその存続の意義自体も――」
「インテグラ、私が心配しているのはそこじゃないから……それに、その苦労を背負わせてるのは半分私たちのせいでもあるんだから、あまりリク君を責めないであげて」
セレネが最も頼りにする側近にして軍師も務める妙齢の女騎士インテグラは、一度話すと長いうえに回りくどい。
端的に言えば、このベテラン騎士から見てもセレネが懇意にする少年貴族はかなり頼りないと評価しているらしく、事情が事情とはいえ強引に喪主にして次期当主として祭り上げるのはよくないと思っているようだ。
とはいえ、セレネの言う通り、ただでさえ大打撃を被ったアルトイリス家に追い打ちをかけるようなことをしたのが自分たちなのだから、アルトイリス家の決定にとやかく言える資格はない。
今、セレネの背には荘厳な金の装飾がされた白い鞘に収まった、彼女の背丈よりも長い大剣――聖剣アレグリアがある。
その上、彼女に従う騎士団の3分の1は、元々アルトイリス家に仕えていた騎士たちだった。
「聖剣だけじゃなくて、数少ない騎士団の生き残りまで私が引き継いじゃってよかったのかしら」
「気にすることはありませんセレネ姫。私たちが仕えるのはあくまで聖剣アレグリアの持ち主であり、アルトイリス家に所属しているわけではないのですから」
「俺から見ても、あの家はもう長く持たんだろう。傾く家を支える暇があったら、俺は1秒でも長く戦場に戻りたい」
「私も、さすがに幼君の面倒は見切れないわ」
(なんだかみんなドライというか、薄情というか……)
若すぎるリクレールに人望がないというのもあるが、そもそもマリアの元で戦っていた有力騎士たちは先々代(リクレールの両親)の頃から、聖剣の持ち主に仕えるという性格が色濃かったという特殊な事情がある。
それゆえ、彼らは自然と他家のセレネに対して忠誠を誓うことになり、アルトイリス家のことはもうあまり興味はないようだった。
(やっぱり、リク君を護れるのは私しかいないのかもしれない。もし、アルトイリス家が解体されるのであれば、いっそのことリク君は私の家で面倒を見て……あら?)
セレネがそんなことを考えていると、ヴィクトワーレが配下の騎士2人を引き連れて、城門から出迎えに来たのが見えた。
「セレネ姫、それにミュレーズ家騎士団の方々も、残敵の掃討戦お疲れさまでした」
「ヴィクトワーレさん! その、リク君の様子は大丈夫なのですか?」
「ええ、おかげさまでだいぶ落ち着いたわ。もう心配しなくても大丈夫よ。それより、皆様連戦でお疲れでしょう。お風呂と着替え、それに昼食も用意あるから、しばし疲れを癒してから式に出席してもらえれば」
「それは……何から何までありがとうございます」
セレネたち一行は戦場からどこにも寄らずまっすぐに戻ってきたので、鎧や服が泥や返り血で汚れてしまっている。一応、身体を清潔に保つ術はあるが、それにも限界があった。
彼女たちはヴィクトワーレの言葉に甘えて武装を解き、疲れた体をいったん休めることにした。
「随分と急だったからあまり期待していなかったが……」
「思っていた以上に用意が行き届いているな。いったいどんな魔術を用いたのやら」
僅か1日で次期当主の決定から葬儀の準備まで行ったと聞いて、もっと混乱してグダグダになっているかと思いきや、まるで何事もなかったかのように整然と葬儀の用意がすべて整っているのを見て、特に元アルトイリス家所属だった騎士たちは思わず拍子抜けした。
しかも、アルトイリス侯爵家は今まさに自分たちが抜けたことで大規模な人員不足なはずであり、城に戻ってすぐに「手伝ってほしい」とかつての同僚に泣きつかれるかもしれないと覚悟していたが、誰もそのようなことは言ってこないばかりか、もうこちらを完全に「お客様」扱いする始末。
これはこれで、言外に「お前たちはもう用済み」と言われているように思えて、若干面白くないような気がしたが……。
キャラクターノート:No.006
【名前】セレネ・ミュレーズ
【性別】女性
【年齢】15
【肩書】ミュレーズ家次期当主(予定)
【クラス】ロード
【好きなもの】自由 口紅
【苦手なもの】圧政 弱い者いじめ




