6.魔法でマジック
暗く、じめじめとした場所に一人の男と一匹の魔獣が居る。ただその一人と一匹の間には鉄格子で分断されている。
男は、シルクハットを被り、モノクルを着け、紫色を基調とした派手な服装をしている。だが使われている布はいかにも高級そう。
一方、男の前に大人しく座っている魔獣は、見た目は狼。けれど、その体の大きさは成人男性を軽々と越えるほど大きい。そして、二本の鋭く大きな牙が特徴的。
敢えて現状見える特徴をもう一つ挙げるとするならば、魔獣の後ろの壁から五つ伸びている鎖が首と手足に着けられている。
「……今日はやけに大人しいな?」
「………」
「食事を二週間抜いたからか?しぶとい奴め」
と、そこへ一羽の白い小鳥がやって来て男の肩に乗る。男は手を小鳥の近くに持っていく。
鳥は、小さく丸まった紙を咥えており、それを男の手に落とした。
その紙は、内容が短い手紙だった。
「……ちっ。しくじりやがったか。こちらで特別に小細工を仕掛けておいてやったのに使えないな。……おい」
最後の言葉に反応して男の後ろから静かに黒ずくめの男がやって来る。
「新しい商品をすぐに用意しろ。顔は平民にしては良かったんだが、訳のわからんことをしてくる奴が近くに居るなら面倒だ。他を探せ」
「はっ」
「それと、あの盗賊の処分はしっかりしたんだろうな?」
「死体も残さず全て回収した後、処分しております」
「それと、しくじった奴らも処分しとけ」
「かしこまりました」
黒ずくめの男は後ろに下がり、闇に溶け込み消えた。
「攻撃が当たらない、何もされてないのに突然倒れ、敵は一つしかない出口から出てこず消えた……。ばかばかしいと破り捨てたくなるような報告だが───無視して私もしくじれば面倒だ。本当に面倒だ」
ガシャン、と大きな音を立てて鉄格子を蹴り苛立ちを隠さない男。
邪魔をした敵が魔法使いとは微塵も思っていない。男はその場から離れ、深い深い闇へと奥へと歩きだした。
◆◆◆
ウィリアムはあの部屋から転移魔法で馴染みがまだない家へと帰る。
「兄さん!おかえり……なんだけど、これどうなってるの!?」
レイラは先に送ったマリアを麻袋から出して、無事だとわかったマリアへ抱きついていた。そんな中にウィリアムは帰ってきた。
「ウィリアムが助けてくれたのよね。本当にありがとう」
「魔法が使えて良かったよ。無かったら助けられず、拐われて行方知らずになってたかも。………どうして拐われたんだろ?」
「わからないわ……私もびっくりしたの……ゲーハさんを締め上げてる途中に後ろから誰かにこの袋を被せられてそのまま運ばれちゃったんだから」
「んー」
二人は答えがなかなか見つからない理由を考えた。
その間もレイラは一向にマリアから離れようとしない。
「ねぇねぇ。そんなことをした理由なんてどうせ奴隷にしようとかそんな感じだよ。それより、兄さんが何をしたのか私気になる!」
「奴隷って………いやこの世界じゃよくある話なのか?」
「ねぇーてば!」
「そんなに知りたい?んじゃ、はい」
口で説明しても良いが、好奇心旺盛なレイラは実体験させた方が楽でいい。そうして、ウィリアムは引っ付き虫となったレイラを転移魔法でマリアから剥がし、ウィリアムの足元へと移動させる。
「へ?」
「お、魔力量が極端に少なかったな?もしかして距離に応じて消費量が変わるのか?それに短距離でも使える……距離にも制限はない……?」
レイラは急に移動させられて困惑し、ウィリアムは新発見に驚く。それと同時にある事を思い付いた。
「すごい、今のでお母さん助けたんだ……?」
「転移魔法だ。良いことにも悪いことにも使えるとっても便利な魔法さ」
「………悪いことには使わないでよ?」
「この魔法でやりたいことを思い付いたんだけど」
「悪いことじゃないなら良いんじゃない?」
「人を騙すのって悪いよな……?」
「良いと思う?」
「時と場合によると俺は思うね」
「ふーん」
唇を尖らせて不満を全く隠さないレイラ。
ここは一つやりたいことを見せてやらないとウィリアムがこれからやってみたいことをやらせてくれずに邪魔をしてくるかもしれない。
「なら、やりたいことを見せるからそれで判断してくれ。どのみちレイラにも手伝ってほしいこともあるし」
「なに?」
ウィリアムは台所の隣にある食器棚から二つの木製のコップを取り出す。それを口をつける方を下にして机に置く。
「魔法といえば手品だよな」
「てじ...な?お母さん知ってる?」
「知らないわ」
レイラとマリアは手品を知らないらしくウィリアムの言葉を理解出来ず、何が起こるのかとまじまじとその二つを見つめる。
「母さん。髪留め貸してくれる?」
「え?えぇいいわよ」
マリアは言われた通りに髪留めを外し、一つにまとめていた長い髪がまばらになる。
その髪留めを受け取り、少しだけ握りしめる。そして、一つのコップの中に入れる。ウィリアムから見て右側に隠した。
「さて、今髪留めが入ってるのはこっちのコップ。確認したよね?」
「う、うん」
「確かに見たわよ」
「では。この二つのコップの場所何度か入れ替えます。入れ替えたあと、どっちに髪留めが入ってるか答えて」
そう言いいながらウィリアムはコップをゆっくりと動かして二つのコップを何度か移動させる。
"本当は、ちっちゃいボールがあればやりやすいんだけど……ヘアゴムだから慎重にやらないと出ちゃうかもしれないし"
「そんなゆっくりじゃ場所バレバレだよ?」
「まぁまぁ見てて…………それじゃ、髪留めはどっちに入ってるでしょう!」
二人は同時に左のコップに指をさす。
レイラの言った通り、ゆっくり過ぎて場所は完全に把握されている。だが、ここで使えるのが転移魔法である。
"転移魔法を使うには少し条件がある。対象を視界に収めるか魔力を感知するかの二択。どちらかが出来れば後は飛ばしたい場所をイメージすれば出来る!"
ウィリアムは髪留めを貸してもらった時にそれを握りしめて魔力を付与したのだ。
そうすることで目で見えなくとも魔力が付いた髪留めをもう一つのコップの中に移動させることが出来る。
「嘘っ!?」
「まぁ……こっちに入ってたのに不思議ねぇ?」
作戦は見事に成功。超短距離転移魔法は使える。それにやっぱり魔力消費量が格段と少ない。距離によって消費量が異なるのは当たりのようだ。
"転移魔法だけじゃないけど、所々大雑把な説明しかない魔法があるのが難点だよな。記憶の欠損か力の引き継ぎが完璧じゃないか………ま、レイシス・エヴァンジェリンが使ってた魔法は全部使えるからいいか"
「これが兄さんがやりたいこと?」
「そっ。魔法を使った手品。本来は魔法なんか使わなくても出来ることなんだけど、おあいにく俺にそんな技量はなくてね」
天野優樹時代、魔法のような手品を披露するテレビ番組を見た時いつも思っていたこと──「なんだ魔法じゃん」と。
実際に本物の魔法使いとなり、転移魔法が思ったよりも融通が効く魔法かもしれないとわかって試してみた。
結果がこれだ。そして、
「それでさ、これを使って一つ金儲けしてみない?」
それが、ウィリアムがやってみたいことであった。