3.家族
「……と、格好つけてみたものの。派手に魔法を使えば面倒事がやってくるよな。貴族達に見つかればもっと面倒くさい」
魔法を使いたくても使いづらい。この世界において魔法使いは数千年前のレイシスただ一人のみ。故に使えば目立ってしまう。仮に見つかって命を狙われることになったとしても、魔力が底をつかない限り攻撃や守りは問題ない。問題ないが、戦うことに対して恐怖心が無いわけではない。そういったことは出来れば回避していきたい。
「ま、なんにしても異世界に憑依転移してすぐ魔法をマスターしてるなんてありがたい限りだ。平和な日本で暮らしてた俺のままで来たら暴漢にやられて御陀仏だったかもしれないし……よし、とりあえず──〈ルード〉」
そう唱えると、体の周りに一瞬光の膜が現れすぐに消える。
今発動した魔法は、常時展開用の防御魔法。発動中は、徐々に魔力が減っていき、無くなると消える。または、攻撃を一度受けると消える。
魔力の総量を知るという理由もあるがここの生活に慣れるまでこれで良いだろう。いつ何処で怪我をするかわからない世界だ。油断大敵である。
「ウィリアムのことについてはある程度折り合いをつけれた……そう思う。次の問題は、このことを家族に伝えるかどうかだ」
再びベッドに腰を下ろし、考える。
「この手合いの小説はいくつも読んできたけど、実際問題どっちが正しいかわかんねーよな」
記憶にある母マリアと妹レイラは、ウィリアムの言葉を頭ごなしに否定するような人柄じゃないのはわかってる。なんなら信じてくれさえもするだろう。だが、本物のウィリアムは数日前の盗賊襲撃で毒を盛られ死んでいる。そこへ何故、天野優樹が憑依したことによって生き返ったのかは全く見当もつかないが、そんなこと考えても意味がない。
「俺の言葉を聞いてくれる信じてくれる、そこまではいい……怖いのは、自分の息子ではない兄ではないと否定されることだな」
話をした後の二人の反応がとても怖い。勿論、隠して生活するのもありだ。けれど、本物のウィリアムの癖や行動パターンを完璧に模倣出来るかと言えばそれはノーだ。だから最初の一歩はとても大切だ。
両肘を膝に置いて、顔を手で覆い隠し考え続けるウィリアム。
「……これから上手く生きていくためには二人の協力は必要不可欠。俺がたとえ魔法使いであろうと異世界人であろうと全てを信じてくれることを祈る」
長考して出した答えだ。緊張するし、変な汗が出てくるが男は根性。当たって砕けろ、だ。
「いや砕けるなよ…!?」
セルフツッコミをする余裕が出てきた。話をするなら今だ。
朝はお客は全く来ない。来るとしたら昼以降だ。決意を固め、ウィリアムは部屋を出た。
右側の部屋は妹レイラの部屋で、左側に行けば一階に降りれる階段がある。
うちは二階建ての平民にしてはそこそこ良い家に住んでいる。一階がお店、二階が住居。こういった家に住むのは初めてだ。
階段を降りると、すぐにお会計のカウンターが見える。木製のカウンターに上半身を張り付けて暇そうにしている座っているレイラと隣で編み物をしているマリアが居た。
足音に気付いたのか後ろを振り返ったレイラ。先程も見た不機嫌な顔をまた見せてきた。しかも頬を膨らせて。
「お客が来ないからってうつ伏せにしてちゃ駄目だろレイラ」
「休んでって言ったのに…。あ、お母さんには報告しといたからね!」
まだ膨れっ面を止めない。また倒れたことに関して内緒にしといてくれと頼んでいたのだがどうやら無意味だったみたいだ。ちょっとした仕返しに膨らませた頬をつついてやった。
「ウィリアム」
元気に声をかけたつもりで出し損ねた小さな声。だけど、そこには確かな優しさがこもった声だった。
黒髪で瞳は青色。肩に長い髪を下ろし一つに束ねている。レイラと似た服装をしていて、優しさオーラで溢れている。
「本当に大丈夫だよ母さん。この通り体は至って普通だよ」
「もぉお母さんからも言ってよ!何度も言わないとこの頑固さは治らないよ!」
「ふふっ、大丈夫。ウィリアムが嘘をつく時、私わかるのよ?……何か話したいことあるのねウィリアム」
「……さすが俺の母さん。レイラよりよくわかってるね」
聖母のような笑顔からキリッとした目で見つめられ、内心かなり驚いている。何処がおかしかったのか何が本物のウィリアムと違ったのかわからなかった。ただマリアの目は真剣で嘘なんて一つも見逃さない。そんな目だ。
「え、何……?」
一人、この空気を理解出来てないレイラのみが取り残された。
「レイラ。お店少し閉めましょう。席を離れる用の札を置いてリビングに来てちょうだい」
「う、うん」
ウィリアムとマリアは先に二階のリビングに行き、その後すぐにレイラもやってくる。
一つの四角い木製のテーブルに四つの椅子。ウィリアムの向かいにマリアとレイラが座り、生きていたら隣には父が居た筈だ。
ウィリアムはテーブルの上に手を置き、話し始める勇気を出すため両手を握りしめた。
「えっと……何を話すかと言うと──」
「ウィリアム」
「あっ」
そっとマリアの手がウィリアムの手と重なる。
緊張してウィリアムの手は少し震えていたのだ。
「大丈夫だから。どんな話でもちゃんと聞くし、あなたのことを信じてる。だから大丈夫」
「……」
さっきは冗談ぽく言ったが、今度こそは心を込めて言おう。「さすが俺の母さん」だと。
この気持ちは本物のウィリアムに引っ張られてるのかもしれないが、第三者から見えてもさすが母親、と言えるのではないだろうか。
「ありがとう」
「……っ!」
さっきから一人置いてけぼりにされてるレイラもつられてウィリアムとマリアの手の上に手を置いた。
「レイラのはちょっといらないかなぁ」
「冗談を言えるくらいならもう良いよね?お母さん!甘やかし時間終わり!」
と、マリアの手をレイラが奪って二人だけで繋ぎ、してやったりと満面の笑みを見せられる。
けれど、緊張してたのが嘘みたくなくなり、これで落ち着いて話せる。
ウィリアムはこの短い時間に起こった出来事を二人に打ち明け、本物のウィリアムのことも包み隠さず全てを話した。
実の息子は、兄は、数日前に死んでいる。今この体に宿る魂は異世界からやってきた別人である。でも本物のウィリアムの記憶はある。そして、この家の秘密を、ウィリアムが生涯隠し続けた秘密を。
「………」
「そん……な」
マリアは目を閉じて沈黙し、レイラは口に手をやり驚愕した表情をする。
「俺から言えることは以上………です。家から追い出すならそれでも構いません。この体はウィリアムであっても中身は違いますから」
自然と敬語になってしまった。さっきまでは本物のウィリアムを演じていたから口調を崩す形にした。でも、天野優樹として実際に会うのは今が初めてなのだ。どうしても初対面に対する接し方になってしまう。
「──ウィリアム」
説明をしている間も長く沈黙していたマリアが口を開く。
「まずね、私ね、知ってたの。毒に侵されたあなたはもう助からないって……。お医者さんがそう断言したの。初期段階でしか治せない毒で……街に着いた時点でもう遅かったって」
「お母さん……」
「でも、それでもあなたの体から毒を消したかったの。だから無理にお願いして解毒薬を投与してもらった。意識も呼吸も無かったけど、もしかしたらって」
マリアの手を握るレイラの手が強くなる。レイラは今にも泣き出しそうな顔だ。
「次の日まであなたの側を離れなかったわ。神に願い続けた...…そしたら、あなたの体に少し反応があったの。どういう理由なのかはわからいけれど、いきなり呼吸をしだしたの」
その話はウィリアムの記憶にはなかったものだ。恐らくだが、天野優樹が憑依する準備を整えていたのかもしれない。確証はないがそう信じたい。
「もし……もし、ウィリアムが起きたら、レイラには普段通りに接してあげてってお願いしてたの。難しいお願いだったけど、レイラはちゃんと守ってくれた」
マリアは握られた手とは反対の手でレイラの頭を撫でた。
事実、ウィリアムが目覚めた時のレイラは記憶にある通りのいつものレイラだった。
「私も普段通りにしてみたけど……駄目ね。ウィリアムが下に降りてきたのを見た瞬間すごく緊張しちゃった」
「……いや、二人ともいつも通りでしたよ。おかしい所なんて一つもないくらいに」
「ありがと。でも、今の話を聞いて驚いちゃったけど、納得した気持ちもあるの」
「納得?」
「えぇ。ウィリアムは確かに死んだと。それは紛れもなく事実だって。でも今こうして生きています。私はそれだけでとっても嬉しいの。──ウィリアムの体を生かしてくれてありがとう」
マリアの目から一粒の涙が落ちる。
「ですが、俺はあなた達が知るウィリアムでは……」
「それでもいいの。もし、あなたが悪人であればこんな話、したと思う?多分してない。目障りになるであろう私達は殺されてたかもね。もしかしたら黙って何処かに行くかも」
だがウィリアムは、天野優樹はそうはしなかった。そんな考え少しもなかった。
「あなたには人を思いやる気持ちがある。だから私はあなたのことを信じる」
「……ありがとうございます」
ウィリアムは頭をテーブルにぶつかるギリギリまで下げて、感謝の意を示す。そして、ゆっくりと上げていき、チラッとレイラの方を見る。
「私……は。信じ……られない。でも、お母さんが信じるなら信じる」
そっぽを向きながら言われてしまった。でも、全否定されなくて良かったと。ウィリアムは心底思った。
「あと……!その敬語!気持ち悪いから止めてよね!兄さんの顔でそんな風に喋られると気持ち悪いの!!」
それも本音なのだろう。が、照れ隠しでもあるだろう。顔と耳が物凄い勢いで赤くなっている。
「……あぁわかった」
「全くこの子はもう」
クスッと小さく笑うマリアは、レイラの頭をポンポンと軽く叩いた。