ジン・ミイラ・ラクダが紡ぐ縁
俺はジン。
ジンは種族名であり個体名でもある。
種族全員が同じ名前だと 互いの識別ができず困るんじゃないかって?
いや そんなことはない。
俺たちには 感能力がある。
俺たちジンには、「波長」がある。
個体ごとに異なる「固有振動数」みたいなものもある。
感情が動くと、固有振動に「感情的な色」がついたり「感情的な震え」が雑音ののようにくっつく。
これらをまとめて「波長」と呼ぶ。
俺たちは 互いに この「固有振動」を感じとって、お互いを識別する。
さらに 感能力を磨けば、相手の感情のようなものも かなり的確に判別できるようになる。
ただし、ジンにもいろいろいて、そういうものを感じすぎると、かえって対人関係が煩わしいからと、あえて感応力を磨かず、個体の識別だけに 生まれた時から持つ力(=感応力)を使うジンもいる。
じゃあ、感応力を持たないほかの種族との付き合いはどうするかって?
ラクダには 念話能力がある。
俺たちの感能力とは違った能力だが、ラクダは この念話能力を使って 俺たちの固有振動数を見分けるらしい。
俺たちジンは 普通に 言葉を使って ミイラやラクダと話す。
ジンどうしの 普段の会話も言葉を使う。
だって 同じ種族であっても 気の合うやつ合わないやつのちがいはある。
俺たちの場合、「波長の合う相手」と一緒にいると、至福の時が過ごせるが
そういう「波長のあう相手」と仲互いすると 最悪だ。
なまじ 基本的な部分(=固有振動)の部分で共鳴しちまうもんだから
相手の悪感情がダイレクトに感じ取れて、
結果的に 悪感情や不快さが 互いの間で共有されたり増幅されて ワヤクソになる。
一方、もともと 固有振動の合わないやつといっしょにいると、
ハウリングしたりして お互い居心地が悪くなりやすい。
だから、普段は「波長」を心のべールで覆って、お互いのやりとりは言葉を使うようにしている。
それでも 固有振動数だけはやんわりと伝わるから、互いの識別に困らない。
ラクダも ちゃんと 俺たちの違いを見分けてくれる。
問題はミイラだ。
あいつらとは、言葉による付き合いしかできない。
ミイラはもともと砂漠に住んでいた。
しかし 砂漠暮らしは退屈だし、砂嵐がうっとうしいからと言って、オアシスに出入りするようになった。
ただ 気の毒なことに、ミイラは オアシスに近づくと体が湿って腐り始めるんだ。
それで オアシスを中心として発展する町の端っこ、砂漠との境界線当たりの建物でいつも過ごしている。
だけど 砂漠との境界線に住みたいジンはいないので、
せっかく町に住んでも、やっぱり人付き合いが少なくて すぐに退屈してしまうことに。
(あっそうそう、ミイラもジンもラクダも地上に住むものをひっくるめて、「人」って呼ぶんだよ。)
そこで、ミイラたちは、ラクダと組んで 街から町へと旅してまわる行商やらキャラバンで生きていくようになった。
ミイラと違って 俺たちジンは砂漠に弱い。
というのも ジンの体は ふわっとした水蒸気のようなジェルのような存在だから。
強い日差しに照らされ体温が上がりすぎると体が蒸発するように消えてしまうというか、
干からびてペタンコの皮のようなものになって、
あっけなく体の皮が破れたり砕けて死んでしまう。
乾いてしまった体を強い風に吹き飛ばれて、砂粒に体をこすりつけられると・・崩壊するな・・
だからこそ、ジンはいつも 建物の中で過ごしているし、しっとりとした空気のオアシスに町を作って住んでいる。
自分が生まれた町で自給自足で生活することはむつかしくないんだが・・
その場合「多様性」の問題が発生する。
早い話が、閉ざされた空間で一つの集団が何世代も暮らせば、
必然的に近親相姦による遺伝子の脆弱な異常性問題が発生するんだ。
この問題については、俺よりもっと詳しい人に尋ねてくれ。
俺の能力では これ以上の説明は無理だ。
ただ、どんな種族でも、近親交配を繰り返せば、よくない結果が生じるのは実証されている。
これを避けようとすると、何世代か経つと、お互いの婚姻相手がなくなってしまう。
だって みんな兄弟姉妹か、父方から見ても母方から見ても「いとこ」という濃すぎる関係になってしまうから。
閉ざされた空間内で何世代も生きることにより、別の問題も生じる。
一言でいえば 一つのオアシスが維持できる生物の個体数には限度があるということ。
だってさ、一言でオアシスといっても、オアシスごとに個性はあるんだ。
風向きとか、地理的要因で微妙に日当たりが違ったり・・
土壌も違うんだな、意外と。
その結果、オアシスごとに 育つ植物の種類が微妙に違ったり、収穫高や収穫の時期が違ったりする。
しかも オアシスごとに生育可能な植物の量には限界があるから・・
その植物を食べる俺たちジンが生活できる数も オアシスごとに決まってくる。
で、俺たちジンは 昔は飢え死にしたり、環境が悪化した時に大量死していたもんで、それなりに多くの子供が生まれてくる種なってしまっている。
でも 今は オアシスの周りに町を作って 安全に快適に暮らしているから死亡率がかなり下がり、すぐに人口増加・人口過剰問題が発生するんだな。
というわけで、俺たちジンは、男女で生き方を分けることにした。
ジン女性は、生まれたオアシスの周辺で一生を過ごす。
その代わりに オアシスと町の管理をする。
子供を産むのは女性だから、人口管理(出生数の調整と外部からくるジンの受け入れ)の管理も女性の仕事。
一方、ジン男子は、基本的な生活能力が身についた6歳から、子供時代が終わる15歳の間に、生まれたオアシスを出て、別のオアシスに引っ越すんだ。
といっても、ジンが生身の体で砂漠に出ると、一発アウトなんで、
壺に入って、キャラバンに頼んで よその町まで運んでもらう。
そして 引っ越した先の町で、労働者としていろいろな仕事をする。
気の合うジン女性と出会えば結婚して家庭を持つ。
出会いが無ければ、「良い出会い」を求めて別の町に引っ越してもよい。
あるいは 仕事をしながら独身生活を謳歌しつつ生涯を終えるのもありだ。
◇
ミイラたちにとったら、ただ町から町へとさまようだけだと面白くない。
でも 荷物や ジン男子の入った壺を運んで、オアシス巡りをすれば
必然的に 街に住む多くのジンたちとおしゃべりしたり、取引したりできる。
それに 相手が喜ぶ品物を運んで行ったり、誰かが喜んで買いそうな品物を探して運んで行って儲けるという仕事は、刺激的で面白いとミイラたちは考えるようになった。
といっても ミイラには、客や取引相手となるジンの区別ができないから、
ジンを識別できるラクダと組まなきゃ行商もキャラバンもうまくいかない。
ラクダにとっては、商売とか取引とか契約とかがむつかしくてよくわからないから
そういう面倒なことを引き受けてくれるミイラが居たら、オアシスからオアシスへと移動するだけで
町で暮らすのに必要なお金も手に入るし、
そのお金をためておくと、子育て時期や老後には 安全な街で暮らすことも可能になるから、
ミイラと組んでキャラバン仕事をする意味はある。
というわけで、ジン女性は 街とオアシスと人の行き来の管理と調整を引き受け、
ミイラは 街から街へとめぐることにより、生きがいを手に入れ
ラクダは、ミイラと組んでキャラバン仕事をすることにより、町暮らしの快適さ・安全性を手に入れる。
そして 俺たちジン男子は、ミイラとラクダのキャラバンのおかげで、
生誕地を出て、終の棲家と 生涯の伴侶に 巡り合う機会を得るというわけ。
この世は 互いに持ちつ持たれつ。相見互い。
因果は巡る糸車。
どうせ巡るなら、良い縁が 紡がれますように!