プレゼントを探して
僕らしからぬアイディアを求めて、まずは僕自身が行くことの無い場所を目指した。それは調理場だ。絶対に意外だと思う。
昼前だということもあり厨房に数名のコックが働いている。みんな僕が現れるなり、皿を落として割ったりフライパンごと投げてしまったりと大変そうだった。
「セシリアにサプライズプレゼントを渡したいんだ。何か良い案は無いかな?」
そう聞けば、やっぱり花や宝石が定番ではないかと答えをもらう。そうじゃなくってと理由を言ったら、なんと妙案が出た。
「手作りのお弁当なんてどうでしょう?」
「お弁当……」
あまりにも庶民的な品だ。ただし、サンドイッチなどをカゴに入れてピクニックに持って行くことは貴族のお嬢さんならする。しかしだ。
「僕に料理をやれと?」
最も問題なのはそこだった。生まれてから二度くらいなら包丁を握ったことはある。トマトぐらいなら切ったことがある。
「サンドイッチでしたらレタスとチーズを挟むだけで出来ますよ」
「挟むだけか。うーん……」
確かに僕は料理が出来ない。そんな出来ないことをやってのけてサプライズプレゼントだなんて、必ずセシリアの不意をつくだろう。
「よし。玉子サンドを作る!」
素敵じゃないか。僕はやる気になった。決断に対して調理場では拍手が起こっていた。
さあ始めようと僕は卵を手に持つ。「まずは割ればいいんだね」と、始めたが最後。出来上がったものは目も口も覆いたくなるもの……。
「相談に乗ってくれてありがとう。他の人にも聞いてみるよ」
調理場を早く去りたかったけど少し振り返ってもうひとこと言う。
「それはちゃんと食べるから、僕の皿だけによそっておいて」
じゃあね。ということで、料理というサプライズは色々まずいのでやめておく。
誰か居ないかと、庭が見える外廊下を歩いているとジギルスを見かけた。彼は率いる軍隊員たちと一緒に庭の平地でトレーニングを励んでいる。
「おーい、ジギルスー!ちょっといいかーい?」
僕は遠くから気軽に手を振って呼びかける。
ジギルスはその声に気づき、僕から歩いて向かうよりも先に全力疾走でやって来た。
滝のような汗をそのままに背を正して敬礼をされてしまう。
「リュンヒン様。いかがなさいましたか」
とても深刻そうに捉えられているけど別に戦争に行くわけじゃない。
そこはまず「まあ楽にして」と苦笑することで、真摯なジギルス兵士も少しは肩の力を抜いたようだ。それから僕の悩み事は打ち明ける。
「サプライズですか」
「そうなんだよ。何かアドバイスをくれないか?」
ジギルスはここから見える色々なものに視線を配りながら唸っていた。中でも一番目に留まるのは庭に咲いた真っ赤な大輪の花だ。そして唸り声も大きくなる。
「女性へのプレゼントといえば花や宝石でしょうが、リュンヒン様からですとサプライズになりませんよね」
「おお、その通りだよ。さすが分かってくれているね」
褒めてもジギルスは嬉しがったり照れたりしない。ベストな考えをどうにか探し出そうとしてくれる頼り甲斐のある男だった。
真剣に考える顔のままでジギルスは答えを出した。
「私には女性の喜びそうな品はそれくらいしか思い付きません。オルバノ様にお聞きになってみてはどうでしょう?」
「父にか。それはやめておこうかな。夫婦喧嘩に口を挟んでしまうことになりかねない」
「ああ、なるほど。ではテダム様にお聞きになってみては?」
兄に……。
気は進まないけど。
でも、たまには助けになってくれるかもしれない。一応兄弟なわけだし、僕の意外性については少しくらいヒントを貰えそうな気がする。
兄が部屋に居ないなら城の領地にある森の中だ。
幼い頃は両親とそれこそ兄と、家族全員で星の観察に訪れていた空き地がある。いつしか兄弟で「秘密の場所だよ」なんて言った頃もあったけど忘れた。
夏場の茂みを踏み越えて、その空き地に近付くと鳥の声と羽ばたきが聞こえてくる。
それから兄の立ち姿も見えた。あの人は昔から孤立主義で、いっつも鳥やら犬やらと遊んでいる。この時も大型の鳥を手懐けて片腕に乗せていた。
僕が空き地に踏み入れると、その足音で兄が振り返った。
たぶんここへは普段誰も来ることがないと思う。そこへ弟である僕が訪ねて来たんだから少しは良い反応をしてほしい。
「……なに?」
兄は僕の元へ声を届けようと張り切らないで、呟くみたいに言うだけだった。まあ、そんな反応になるだろうとは分かり切っていたんだけど。
「セシリアに意外性のあるサプライズプレゼントをしたいんだけど。良い案ない?」
無い。と、即答されるだろうと思った。
しかし思いがけず兄は少し考える間を作る。
「鳥をあげたら? 小鳥用の鳥かごにコイツが入っていたら嫌でもビックリするんじゃない?」
まさか僕の相談に答えてくれた、と感心したら……これだ。誰が愛しの婚約者にトラウマ級の驚愕体験をプレゼントしようって言うんだよ。
「兄さんにはもう聞かないよ」
せっかく遥々やって来たけどやっぱり歩き損だった。兄は人間と絡みたがらないせいで悲しいほどに夢が無い。
僕はそんな兄のつまらなさそうな人生に興味は無く、僕自身の成果をあげられなかったことに大きな溜め息をついている。
項垂れながら来た道を引き返そうとした。するとだ、ふと足元に咲いている花に目が止まった。
真っ赤な大輪とは正反対で、青い小花が細いツルから咲いているものだ。この花の思い出として、セシリアがよくこのツルで花冠を作ってくれたのが蘇る。
「ねえ、兄さん!」
僕の呼び声の大きさに大型の鳥が兄の腕から飛び立った。
やることの無くなった兄は、青い小花の群生地のところへ無気力に歩いてくる。
「もう兄さんには聞かないんじゃないの」と、その通りのことを言いながら。
「花冠の作り方って……知らないよね?」
僕は勢いで尋ねてしまったけど途中で冷静に戻った。
男で花冠を作っているなんて見たことが無い。ましてやこんな兄だ。どんな興味を持っているのかも分からないし、普通にあり得ないと思った。
しかし兄、テダムは頷いた。
「……知ってるけど」
その場にしゃがみ込んだら、本当にツルを結って輪っかを仕上げてしまった。