推しの布教の難しさをヴィーガンの人に学んだお話。
推し。
それは、人生を潤わせ色付かせる素晴らしいものである。
推し。
それは小説の登場人物であったりアニメのキャラであったり、電車だったり城だったり、様々な形で存在するものである。
ここでは、私が昔バイトしていた店で行われたヴィーガン食体験イベントで学習した、推しの布教の難しさを記していきたいと思う。なんのこっちゃと思うが、頑張って纏めるので、よければ聞いていってほしい。
初めに、そのイベントを主催したヴィーさん(仮名)の伝えたかった事を、纏めて三行で伝えたいと思う。
・人間の体は菜食に向いており、お肉を食べずとも充分である。
・食料危機と言われているが、菜食ならばそれも対応可能。
・ならば私は健康にもいい野菜を食べたい。
色々な思想を持ったヴィーガンの方がいるとは思うが、私が出会ったヴィーさんはこういう考えだった。まあ、こうして要点を纏めてみれば、どうしてヴィーガン食を選んだのか、どうしてそれを薦めたいのか、賛否はともかくとして理解は出来ると思う。こうシンプルに纏められると、「なるほど、こういう考えもあって悪くはないな」と思う。
さて、これらの要点をヴィーさんが語った時。どのように伝えたか。それをこれから記していきたいと思う。なお、この言葉に関しては読み飛ばしても特に支障はないのでサラッとどうぞ。
「実は自分、昔すごく太っていたんですけどね、ヴィーガン食に出会ってハマってから、20kg痩せましてね、実はこの頃資格取得のために貯金してまして、その資金をヴィーガン食に回すくらいハマってしまいまして。でも、それから大きな病気もしなくなりまして、ウチのばあさんなんて、入院が長引くほど具合が悪かったのにヴィーガン食を始めてからスッカリ元気になりまして、今じゃ畑仕事に精を出しているんですよ。やっぱり健康って大事ですからね。ヴィーガン食のおかげで、ばあさんも寿命が伸びましたよ」
ここまでほぼ相槌なし。「へえ」とか言いつつ、多少頷いてはいたと思うが。
とにかく、ヴィーさんは話し始めると止まらない。会話のキャッチボールという概念を完全に失ってしまっているのだ。ちなみに、ヴィーガンの話さえ振らなければ、ヴィーさんの会話のキャッチボール具合は普通だ。しかしヴィーガン食となると、エンドレスなのだ。
そしてさらに特筆すべきは、言葉選びである。
『わたしはこれで病気が治りました』
『宇宙からのパワーを受けた食材です』
『あなた達は気付いた人間なんです』
あやしい。そんな言葉選びをされてしまうと、途端にあやしさが百倍増しになってしまう。一つの相槌で百の言葉が返ってくる中でこんな内容を語られた日には、詐欺か宗教かとしか思えなくなる。本当に伝えたいのは、初めに記した三行のはずなのに!
と、ここでふと気付く。この異常なテンション、推しを布教する時の私と一緒じゃね? と。
あなたは布教する時、気軽に『全人類が読むべき』とかクソデカ主語を使っていないだろうか? 『まさしく神』とか表現していないだろうか? 相手の相槌の前に、早口で話してはいないだろうか?
息継ぎもしているかどうかといった勢いで話す相手を見て、抱くのは恐れだ。相手が『神』とか『宇宙』とか『救われた』とか言い出したらなおさらだ。救われたなんて目の血走った早口の人間に言われても、ヤクをキメているようにしか見えない。そう、推しを語るその姿は、ヤクをキメてハァハァしてる異常者にしか見えないのだ。
どうか冷静になってほしい。三行で説明すれば、なにも異常な事などないのだ。推しは麻薬ではない、自分が暴走しているだけなのだ。
そして会話をしてほしい。話す相手がどんな表情をしているか、確認しながら布教してほしい。
けれども、やはり推しとは尊いもの。少し盛り上がれば、すぐに早口になってしまう。学習してもなお、布教とは難しいものなのだろう。
余談だが、ここまでマシンガントークをかましたヴィーさんに対して、「この穀物なつかしいわねぇー、昔の人は皆こんなものしか食べられなかったのよ……そうそう、川に入ってタニシを取って食べたりもしたのよぉ」と、これまでの話全無視でカウンターかまして黙らせた、店のオーナーのお母様。彼女がその日最強の人間だった事を、私は一生忘れないだろう。
少し種類は違う話だが、私が薦めても「へえー」と聞き流すだけの兄弟や旦那が、同じものを彼らの友人に薦められると途端に「これオススメされたから!」といって見始めて「それ前アタイがススメたヤツじゃねーかコノヤロー……」とギリギリする現象に名前はあるのでしょうか。あれホントなんなのムキーッ!