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4~発送3~

次の日の朝、僕は重い気分で目を覚ました。

販売元の会社に電話しようにも、あの箱には何も記されていない。

例の通販番組を見ようと思ったのだが、なぜか放送されていなかった。

土日を除いて毎日やっていたあの番組が、やっていなかったのだ。

もう僕にはどうしようもなかった。


昨夜、ベッドに入って眠ろうと横を向いた。

銀色は僕と同じようにベッドに入り、大きな亀裂を閉じていた。

思わず叫びそうになりながら、半ば気を失うようにして眠りについた。

お蔭様で、これっぽちも快眠などできなかった。



「なんかさぁ・・・腕に力が入らないんだよね」

妹が食パンにマーマレードを塗りつけながら呟いた。

僕はどうしてもマーマレードを好きになれず、いつもバターだけを塗って食べている。

その時も、銀色は僕の足元にいた。

その座り方はまるで犬のようで、頭部を見なければ可愛いものに見えるだろう。

大きな亀裂の端が微かに上がる。

笑ったようにも見えるが、僕にはそれが空腹の合図のように思えた。

他の人間に気付かれぬよう、僕はパンの切れ端をちぎって銀色に差し出す。

すると、銀色は頭を振ってパンを押し返した。

どうやら僕の推測は外れていたらしい。

静かにパンを皿に戻す。銀色は、微笑んでいるように見えた。


「行ってきます」

僕は妹の愚痴を尻目に立ち上がった。

きっと、部活での筋肉痛が祟ったのだろう。

僕が鞄を肩にかけている傍らで、銀色は妹を見つめていた。




今日は一時間目から体育がある。

僕の最も得意としない教科だ。

むしろ、得意な教科など存在しないのだが、その中でも最上級だった。

しかも種目は野球である。

妹の得意な分野をやる羽目になるとは思ってもいなかった。

複雑な気分になる。


僕のクラスには、野球部のエースがいる。

彼の頭は丸坊主で、誰が々見ても野球部員にしか見えない。

だrが否定しようとも、僕だけはそれを絶対に許さないだろう。

それほど、高校球児にしか見えない奴なのだ。

彼が二つに分けたチームのどちらに入るかで勝敗が決まる。

それとは逆に、僕が入った方が負ける。

釣り合いの取れた法則が悲しくも成立してしまっているのだ。


しかし、今日は違った。

どうしてか、その釣り合いの取れた法則はまるで逆になった。

数学のいらない方程式よりも現実的で正確だったはずのこの法則が、まるで意味の無いもののように無下になった。

僕のいるチームが勝ってしまったのだ。

エースの坊主君は、ここぞという場面でその運動能力を発揮できず点数を稼げなかった。

僕といえば、いつもなら三振するはずの所を勢い良く、打った。

この僕が、打ったのだ。

生まれて初めて僕のバットがボールにぶつかった。

世界は今日で終わるのかもしれない、とクラス中の連中が思ったことだろう。

僕もそう思ったのだから仕方ない。


いつもは特定の人物としか話さない僕だが、今日だけはやたらと話しかけてくる奴が多かった。

そのたびに、僕は若干の緊張を覚える。

遠くで席に座るエースの坊主君が気になった。

それも当然だ。


彼の傍に銀色がいたのだ。


急に周りの言葉が耳に入らなくなり、僕の前にいる誰かの腹の脇から見えるその映像に釘付けになっていた。

ノートをパラパラとめくる坊主君に、銀色がよじ登る。

その行動は決して容易なものには見えなかった。

もしこの映像を絵に出来るのならば、僕は銀色の頭の横にたくさんの汗を描くだろう。

そして、銀色は彼の肩に乗った。

ずり落ちそうになりながら、四肢を器用に動かして体が安定するように居場所を作る。



銀色は生きているのだろうか?

それとも誰かに動かされているのだろうか。

・・・誰に?

リモコン動かすにしても、監視していなければいけない、

それに銀色の雰囲気は、機械が放つようなものではなかった。

何より、銀色は僕にしか見えていないのだ。

坊主君が気付いていないのが、それを明白なものにしている。



銀色は、その滑らかな頭を勢い良く振ると、大きな亀裂を開いた。

初めて見る銀色の野生的な表情に少し恐怖したが、黙ってそれを見ていた。

何せ誰にも見えないのだ。

アレが誰かに何か危害を与えるとは思えない。

銀色は大きな口で彼の肩を噛んだ。

しかし、坊主君に反応は見られない。

やはり、目に見えないのだから感じることもないのだろう。

僕は安心して、再び会話を楽しんだ。


軟弱な体の上、積極性にも欠ける僕は旗から見ても面白い人間には見えないだろう。

それが、今日という日に少しだけ変わった気がした。

儀に露は、時たま僕の所へ戻ってきては僕を見上げた。

僕の前では亀裂が大きく裂けることはなく、徐々に愛着が沸いていったのも確かだった。

亀裂の笑顔を見せると、またすぐにどこかへ出かけては戻ってくる。

時々、坊主君の時のように誰かに噛み付いていることがあったが、誰もそれに気付いている様子は無かった。



ペットを飼う時は銀色を飼うことにしよう、心の奥でそう決めた。


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