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3~発送2~

あれから二日後、僕は英語の追試を終えて家に帰った。

追試の結果も悪いに違いない。

どうしてあの日、あんな商品にうつつを抜かしてしまったのだろう。

おかげで青点どころの騒ぎではなかった。

羅列した英文字にも笑われ、呼び出された英語科の教員にも笑われ、おまけに自分でも笑ってやった。


「おかえり。あんた宛に小包が届いてたわよ」

台所で食器を洗う母が言った。

英語のテストの結果のことなど、言えるはずがない。

部屋に入ると、小ぶりの小包が僕を待っていた。

今日やった追試のプリントと同じくらいの大きさだった。

ちょっと引きずりすぎかもしれない。


小包を持ち上げてみる。

こんなものでこの貧弱な体が強くなるはずがない。

嗚呼、本当にどうして僕はこんなものを買ってしまったのだろう。

葡萄の味なんか堪能しなくたっていいじゃないか。

後悔が並のように押してきて、海には帰らずにそのまま僕を押し潰した。

おもむろに包装を破る。

すると、白い無地の箱が現れた。

少しくらい外見にこだわってくれてもいいものを、こんな安っぽい箱に入れやがって。

この中に、二ヶ月分の『マジカルマッスル』というふざけた名前の粉が入っている。

本当にふざけている。

自嘲を含みながら、その蓋を上げた。



奇怪な物がいた。



思わず蓋を閉じる。

そして、またゆっくりと蓋を開ける。

このような状況に陥った時、人間は誰でも同じ行動しか取れないのだろうか。

人間はあくまでも「意識を持った動物」なのだと思い知らされる。

僕のこの高度な思考などとは裏腹に、そこには見たことのない物体がいた。

箱の中に横を向いてきっちりと収まり、四肢を持ち、まるでキャラクターものの猫のようだ。

その表面は光沢を放って銀色に輝いている。

まるで鉄化銀のようだが、それでもないらしい。

四肢とは別につるりとした何の突起もない頭が大きな亀裂を携えてついていた。

もはや、それが頭と呼んでいいものなのかも分からない。

深く呼吸をして、とりあえず机の上に箱を置いた。

置いて初めて、見かけの割りに重さがないことに気付く。

箱から距離をおいて僕はじっとそれを見つめた。

何が起こるか分からない。


「・・・生き物?」

首を振った。どうじゃない。

あの粉末がどうしてこんな奇怪なものに化けたのかが問題なのだ。

この物体が粉末だとは言わせない。

どんなに巨人であっとしても、これを粉末と呼ぶには無理がある。

銀色に輝くソレを見ていると、なぜか無性に恐怖感に襲われた。

僕は箱を机の上に放置したまま、母親の元へ向った。

既に食卓に夕食が並べられており、妹がテレビを見ながら漬物をつまみ食いしていた。

「お兄ちゃん、どうしたの?いつも白い顔が今日は一段と白くなっているわよ」

「あら、本当。血が足りてないんじゃないの?」

母が食卓に皿を並べながら言った。

僕は何をどう説明していいのか分からず、立ち尽くしてしまう。

ふと、後ろが気になった。

どこかで見たことのあるものが視界に入ったような気がしたのだ。


「うわぁ!

「何?」

妹が椅子から飛び上がり、僕の視線のほうを見た。


いてはならないものが、そこにはいた。

いて欲しくないものが、そこにいた。


さっきまで机の上の箱の中に、静かに収まっていた例のアレがそこにいたのだ。

つるりとした頭に僕が不気味に映る。

それは縦に伸びて、宇宙人のように見えた。

先の丸い四肢でしっかりと立ち、その頭は僕を見上げていた。

しかし、口のような亀裂しかないため見えているのかは分からない。

「・・・何よ、ゴキブリでも出たのかと思ったじゃない」

妹がタメ息をつきながら椅子に戻った。

「コレ、何だと思う?」

僕が妹に話しかける。

妹はまた漬物に手を伸ばしてテレビを眺めていた。

僕に視線も向けないで、興味のない返事を返す。

「コレって?」

「僕の前にいる、この銀色のヤツ」

はぁ?と癇に障る声を出すと、彼女はまた僕を覗き込んだ。

ソフトボール部で活躍している彼女の腕に、筋肉が盛り上がる。

兄妹なのに、どうしてこうも違うのかと何度も悔やんだことがあった。

「・・・何言ってるの?お兄ちゃん、熱でもあるんじゃない?」

そういうと、すぐにまたテレビに視線を戻した。

僕の前には、まだ銀色のヤツが佇んでいる。

彼女には見えないのだろうか。

額に手を当てる。しかし、熱などあるはずもなく逆に冷たいくらいだった。

ちょうどサラダを運んできた母親にも同じ質問を投げかける。

「本当に大丈夫?顔、真っ青よ」



見えていない。誰にも見えていない。



もしかしたら、女には見えないで男にしか見えないのかもしれない。

父親が帰ってくるのを待とう、そう思ったと同時に玄関から父親の声がした。

僕は、その元へ駆けて行く。

ネクタイを緩めながら靴を脱ぐ父親の姿があった。

僕が駆け寄ると、彼は豆鉄砲をくらった鳩のように目を丸くしたが、気にしなかった。

そして早くリビングに向うように促す。

「分かった、分かったから落ち着きなさい」

父はよく分からない顔をしながら、靴を脱いで上がる。

それを見計らって僕は後ろを振り返った。

少しだけ、呼吸が乱れる。

また、ヤツはそこにいたのだ。

「アレ!アレ、見えるでしょ?」

股僕を見上げるようにして佇む銀色を指差した。

父親は顔を歪めながら母親の名前を呼んだ。



「おーい!こいつ危ないぞー」



僕は落胆した。

そうせざるを得なかった。

そして、まるで何事も無かったかのように振舞うことを心に誓った。

これ以上、僕が変な人間だと思われても困る。

挙句の果てには病院に連れて行かれるかもしれない。

しかし、実際に銀色は僕の前にいた。

その大きな亀裂を歪ませて、僕をどこまでもつけてきた。








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