2~発送1~
軽快な音楽がテレビのスピーカーから流れ、その音にあわせて会社名が歌われている。
僕は毎晩、その番組を見るのが習慣化していた。
特別な意味はないが、その作られたと言わんばかりの演出と下らない商品の陳列を見ると心が和んだ。
買う人なんかいるのだろうか。いつもそれを思う。
考え始めると切なくなるので、あまり考えないようにしていた。
その日も、僕はいつもと同じようにその番組を見ていた。
後ろから母親が早く寝なさいと小言を言うが、それも毎晩のことだ。
いい加減、諦めて欲しい。
そしてその後には必ず同じ文句を加える。
「だからアンタは、なまっちろいのよ」
大きなお世話だ。
リビングの電気は消され、僕とテレビだけしか生きていないように思えた。
口だけ達者な日本人の通訳をつけられた妙な外人が現れ、商品を紹介する。
使用者のコメントなんかは聞けたもんじゃなかった。
あまりにもチープなつくりに、商品まで安価じゃ買う気も起こらない。
その馬鹿さ加減が、僕を和ませてくれる。
その日は、この下らない番組を見た後に英語のテスト勉強をするつもりだった。
そのため、僕の横には濃い珈琲が用意してある・・・はずだった。
番組は中盤を向え、コマーシャルを挟んでいる。
このコマーシャルが困ったことに、異常なほど長い。
深夜だからそう感じるのかもしれないが、僕には耐えられない長さだった。
毎晩、ここで僕は終盤に備え飲み物を用意する。
しかし、今晩はその必要はないはずだった。
母親のおこぼれの珈琲が、僕の横にあるからだ。
白いカップを覗き込めば、暗黒のような色をした大人の飲み物が僕を待っているはずだ。
しかし、そこに暗闇は無かった。
大人の味もしなかった。
ただ底に張り付いて乾いた液体が僕をさげすんでいるだけだ。
・・・僕は酷い虚無感に襲われた。
母親は、用意しておいた僕の分まで飲んでしまったのだ。
眠る母親の元まで行って、その腹を切り裂いて珈琲を回収してやろうかとも、一瞬だけ考えた。
白いカップを睨みながら妄想を膨らませているうちに、長いコマーシャルが明けた。
またあの軽快な音楽が頭に響く。
終盤戦を乗り切る友もいないまま、僕はテレビに向き合った。
いつにも増して苦痛な時間になることは間違いないだろう。
苦痛になるのだったら見るのを止めればいいのだが、そうにもいかない。
変な話だが、僕の中にプライドというものが芽生え始めていたのだと思う。
後半期最初の商品は、僕の嫌いなものだった。
化粧品、プロポリス配合の、ファンデーション。
全くといっていいほど、いや、実際全く、僕には無関係だ。
横目で手の甲に塗られたファンデーションの宣伝を見る。
「あらぁ、こんなに白いわぁ!」
全く、その通りである。
それを塗られた右手と左手を比べれば、白さは一目瞭然。
しかし、その人工的な白さに死体を連想するのは容易かった。
そうだ、明日は英語のテストがある。
頭の冴えない僕は、このテストで良い結果を残さなければいけない。
ましてや青点など取ったりすれば、間違いなく単位を落とす。
最近は、「学校」に通うだけで自分の首を絞めているような気がしてならない。
だがそれも、あと一年の辛抱だ。
留年しなければの話だが・・・。
ファンデーションに感嘆の声を上げる女性。
いまや既に僕の興味はすっかり削がれていた。
英語の単語が頭の中を踊り、僕を馬鹿にする。
その乱舞が激しくなればなるほど、僕は心配になった。
つまらない女性用商品の宣伝など、どうでもいいじゃないか。
通信販売の閲覧はもう切り上げて、今夜は英語と仲良く遊ぼうと立ち上がった瞬間、
僕が諦めるのを待っていたとばかりに、ファンデーションの紹介が終わった。
テレビから流れる言葉に、僕の耳は敏感に反応する。
『これであなたの人生が変わります』
テンポ良く移り変わる画面に吸い込まれるようにして、僕はテレビの前に立った。
チープな作りなのに、なぜか僕の興味を引く。
『お次の商品はこちらです。未知のドリンク、マジカルマッスル!
マスカット味で飲みやすく、これを飲めば一週間で効果が現れます』
もっといい名前がつけられなかったのか、可哀相に。
使用前・使用後の写真が画面を飛び交う。
僕のように弱々しい体が映し出されては、正しく別人をなった一週間後の同一人物が現れる。
その変わりように、普段の僕だったら間違いなく疑うだろう。
そして罵倒するにに違いない。
しかし、深夜のテンションで挑めばそれも変わってしまう。
僕はすぐにその商品に興味を持った。
「興味を持った」というのは嘘かもしれない。
既に購入する気でいた。
マスカットフリークの僕としては実に興味深い商品なのである、などと頭の中で自分を慰めた。
葡萄など、別にどうでも良かったのが本音だった。
『この粉末を水に溶かし、運動前に飲むだけなんです』
なんと簡単!
これなら三日坊主で終わってしまう僕にも可能なのではないだろうか。
運動するかしないかは、別としても。
『一日一回として計算すると、この一箱で一ヶ月持ちます。
そこで、今回はなんと!二箱でこのお値段!』
僕の目は釘付けだった。これまでに、こんなに興奮した商品があっただろうか。
かの腹筋マシーンを初めて見たときもここまで興奮しなかった。
今となってはその機会も僕の三日坊主に負けて誇りを被っている。
『五千円を切ってのご奉仕!』
安い!と、思わず声をあげる。
安価のために疑う、などという感情は遠くの島国にでも流されていた。
当たり前のように、「五千円を切る」と言ってもたったの二十円だけだ。
しかし、それでも僕は構わない。
素敵な興奮をありがとう!と言わんばかりに、電話を手に取った。
そこで体力を使い果たし、僕は番組の最後まで見ずにテレビを消し眠った。
すっかり満足して、珈琲が飲めなかったこと悔しさすら忘れていた。
加えて、英語のテストのことも忘れていた。