第八話:戦闘準備(地獄の底。または黒き二ツ星)
前回もご感想、ご評価、いいねありがとうございます。
今回は準備の後編です。中途半端に長くなって分割したけど、これはこれで微妙に短いです。スミマセヌ
楽しんでいただけましたら幸いですm(__)m
長閑とまでは言わないまでも、戦場前の束の間の一息……だったはずのぼく達の一日は、突如出現したドレス姿のUMA・ナンシー豪炎寺の剛腕によりズタズタに引き裂かれた。
「「ふんぐぐぐぐぐぐっ!!」」
毛むくじゃらな両腕に捕獲されたぼくと真水くんはこのドレスゴリラに必死の抵抗を試みたものの、所詮はごく普通の人類。この世の悪意と悪戯と悪ふざけの三重奏を超濃縮還元した様な化け物に歯が立つわけも無く、その剛力によって毒々しいまでのショッキングピンクにライトアップされた地獄の底へと、有無を言わさず引き摺り込まれてしまったのだった。で、
「「うわぁ……」」
そんな地獄の底を目の当たりにしたぼくと真水くんは、一面に広がった光景に唯々間抜けな声を上げたのだった。
―艶やかな光沢を帯びた極小の金糸布地のマイクロビキニ―
―妙に色気を感じさせるエナメル質の黒いボンテージ―
―やけに目の粗いメッシュ地で作られたレオタード調のボディスーツ―
―着けた瞬間柔肌に沈み込んで食い込むのが目に見えている極細のスリングショット―
―最早隠すべき局部の一切合切を縁取って装飾する事しか考えられていない穴開き下着―
目の前で犇めき合うのは、店頭に並び立っていたマネキン達の衣装が貞淑だと勘違いしかねない程に、際どく倒錯的な下着の数々。
端的に言って目の毒なそれらの下着類は、単なる"物"であるにも関わらず、それそのものが一個の生命であるかの様に、甘ったるく濃厚なフェロモンをむわぁっと噴き出させている様にすら見えた。
(……どうしようか?)
まるで、歓楽街のストリップ劇場か何かに迷い込んでしまったかのような、劇物染みた"色香"が蠢く中、ぼくは思わず隣の真水くんに目を向けた。
「……」
果たして、真水くんは目の前の毒々しい光景を前に、大粒の両眼と桜色の唇を目一杯に開いて、唯々絶句していたのだった。
(やっぱり……)
ある意味予想通りの光景に、ぼくは内心で首を捻る。
所詮……と言ったらあれだけど、ぼくの場合は見ているだけだから、ダメージもある程度は限定される。けど、真水くんの場合はこの目の前で蠢く魔物たちを実際に装着させられてしまう上に、よりにもよってぼくに見られることになるのだ。同じ男として、その苦痛は推して知るべし。というか、これって最早、魂の殺人じゃないかな?
「え? 僕がこれ着るの?」と両目で必死に訴えかけてくる真水くんを見捨てる訳にもいかず、ぼくは何とかこの場を切り抜ける方策を思案する。が、
「さ、あなたはこっちよん!♥」
「え?」
思考を始めた瞬間、それに割って入る様に訪れた浮遊感。
「っっ~~~~~~~~~~!?」
直後、ガツンッと襲い掛かってきた臀部から脳天に突き抜ける衝撃。
「ちょ、ザッさん!?」
何処かで真水くんの慌てた様な悲鳴が聞こえたものの、あまりの激痛に返事をする余裕も無く、ぼくはデザイン重視の固い木椅子の上で無言で身悶えたのだった。
「ぐふふ♥ せっかちさんは嫌われるわよん?♥ だいじょーぶ、この子は私の娘達に囲まれてさいっこうにビューティフル&セクシーガールに変身しちゃうんだから!♥ だ・か・ら」
「!」
しかも、痛みが引くよりも先に生理的嫌悪感を覚える野太くねっとりとした声が耳朶を打った。その瞬間背筋を走った怖気に思わず目を開けると、両手に分厚い手錠を持ったゴリラがねっちょりと舌なめずりをしていたのだった。
「は?」
その光景に、ぼくはお尻の痛みも忘れて思わず間抜けな声を出す。手錠を持ったドレスゴリラがぶっといたらこ唇を舐め回しながらにじり寄って来る……一体、どんなホラーだろう?
「っ!?」
「甘いわよんっ!♥」
咄嗟に逃げようと立ち上がりかけるものの、一瞬早く躍りかかってきたゴリラが、僕の手首と椅子とをその手錠で連結してしまう。
「ザッさん!?」
「ぼくはいいから、真水くんは早く逃げて「しゃらあああああああっぷ!」ぐっ!?」
ハッと我に返った真水くんが悲鳴を上げたのが聞こえたぼくは、それよりも先に真水くんに遁走を促す。けれど、その言葉を引き裂いたゴリラの咆哮が、極々一般人のものでしかないぼくの鼓膜を貫いたのだった。
「何しやがるクソゴリラ!?」
ぼくの反応とナンシー豪炎寺の行為に、真水くんがとうとうキレたらしく、白い犬歯を剥き出しにして戦闘態勢に入る。
「あぁん、怒ったお顔もとってもぷりちーねん♥ 食べちゃいたいくらい♥」
けれど、真水くんの全身から発せられる怒気をまともに受け止めていないのか、はたまた小動物の威嚇程度にしか思っていたいのか、振り返ったゴリラは余裕の表情で腰元をくねっと蠢かした。
(おえ……)
顔面でぷりっと動く尻を直視させられたぼくは、思わず吐きそうになった。
「そんなカワイ子ちゃんにはぁ……」
そして、地獄の底にあってなお、地の底から響く様な声で周囲を震わせたゴリラが、近場にあった布地の少ない黒のレース下着を手に取り、じりっじりっと真水くんににじり寄る。
対する真水くんはゴリラのオーラに気圧されたのか、たらりと冷や汗を垂らして一歩、また一歩と僅かな後退を繰り返す。
「あっ……」
けれど、ショッピングモールのテナントの面積なんてたかが知れている上に、店内には無数のマネキンや売り物棚が犇めき合っている。
トスッという軽い音と共にとうとう店の端へと追い詰められる真水くん。その両目が大きく見開かれて、オパールブルーの両目に深い絶望と恐怖がありありと映った。
「んっふっふっふっふ、何て可愛らしい子なのかしら。雪の様に白い肌……きっとこの子が似合うわぁ♥♥♥」
「あ、あ……」
そう言って、真水くんに漆黒の下着を見せ付けるナンシー豪炎寺。
眼前に差し出されたレース地の黒いブラと蝶の模様があしらわれた紐ショーツに、真水くんがサーッと顔を青くする。
自分がその屈辱的な衣装を強制的に装着された姿を想像したのか、その表情に絶望の色が広がった。
(ん……くっ……)
ぼくはゴリラに気付かれない様に、何とか後ろ手に手錠を外そうと試みるものの、分厚い金属の板に中々それが上手くいかない。どうやら、縁日や百円ショップで売られている安物ではないらしく、自力での開錠はほぼ不可能そうに思われた。……っていうか、何でこんなものがランジェリーショップに売ってるのさ?
「もちろん、プレイ用よん♥」
「!?」
聞こえるはずの無い内心に、何故か首だけグリンッ!と後ろを振り返ってバチコンとウィンクをしてくるゴリラ。え? 本当に人間?
「って、プレイって何だよ! プレイって!? ここ、下着屋じゃなかったのか!?」
そのゴリラの背後では、聞き捨てならないとばかりに真水くんが悲鳴を上げている。まあ、そうなるよね。
「決まってるじゃない。私の娘達を纏う時、一緒に使うちょっと大人でスパイシーな小道具よ♥」
そう言って、もう一度腰をクネクネさせるゴリラ。小道具……小道具ね。
「ぐふふふふふ。さ、そんな事よりも、いよいよ開幕よん♥」
最早現実逃避に近い感情でゴリラの言葉を反芻していると、その表情が深くなり、いよいよもって余命宣告を口にし始める。
(……四の五の言ってられないか)
ことここに至っては腹を括るしかない。そう判断して、ぼくは「真水くんっ!」と声を掛ける。
「!?」
ぶつかるぼくと真水くんの視線。見開かれる真水くんの大粒のブラックオパールの眼。その視線に、ぼくは"寄生"をすることを訴えかける。
「!? 断る!!」
けれど、ぼくの意図を受け取ったはずの真水くんが必死に首を横に振るのだった。いや、何でさ?
「こんなアホな事でザッさんに負担掛けさせるわけにはいかないだろ!?」
真水くんの悲鳴にも似た絶叫がぼくの耳朶を打った。いや、確かに真水くんの"寄生"を受けるのはそれなりに負荷だけど、それで真水くんが心に消えない傷を負ったら、それこそ本末転倒だよ?
―良いから早く"寄生"しなって―
―絶対にノウ!!―
「隙ありよぉんっ!!!!!」
「「!?」」
ぼくと真水くんが視線で押し問答を繰り返す中、その問題の種だったゴリラが巨体に似合わぬ敏捷極まりない姿で真水くんに襲い掛かった。
「のわっ!?」
自称下着屋の突貫に本能的な恐怖を刺激されたのか、真水くんが悲鳴と共に咄嗟に身を翻す。けれど、
「甘いわよんっ!!♥♥」
何故か中空で鮮やかにターンを決めたゴリラ。その両手で黒のブラジャーとショーツが翻り、縫い付けられた小さな黒蝶がひらひらとショッキングピンクの空を舞い踊った。
「あ、ああ……」
全てがスローモーションの様に感じられる中、ゴリラの動きに自分が逃げられない事を悟り、青を通り越して紫色になる真水くん。そして、
「どわあああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」
ガラガラガラという周囲の戸棚やマネキンが倒れる音と共に、真水くんの断末魔の悲鳴がショッキングピンクの店内へと響き渡ったのだった。
◆
数秒の動乱を経たショッキングピンクの夢の跡には……
「くっ……」
純白の肌に黒のランジェリーを纏い、屈辱に震える長髪の美少女が居た。というか真水くんだった。
(うわぁ……)
ぼくは内心で、そう呟くしか出来なかった。
元より血色の悪い純白の肌に対して射干玉の下着は確かに映えている。しかも、小柄で華奢な体躯は触れれば崩れてしまいそうなほどに儚げで、薄っすらと涙を浮かべて身を縮みこませる姿は可憐を通り越して保護欲すら掻き立てそうな程でもあった。けど、男である真水くんからすれば、むしろそうやって美少女を見る目で見られる方がダメージが大きくさえあるだろう。
正直、気持ちが推し測れるだけに掛ける言葉が見付からないというのがぼくの偽らざる気持で、それ故に唯々言葉を失うぼくの目の前で「ん~♥ とれびあ~ん♥」とか悦に入っていたナンシー豪炎寺ゴリラがグリンと振り向いた時に、一瞬反応が遅れたのだった。
「あ・な・た・もぉ!!!」
「っ!」
ビリビリと腹の底に響く様な声に、ぼくは思わず身構える。ゴリラの咆哮は強烈で、周りに置かれていたマネキンたちがガタガタと揺れているのが見えた。
(いや、これもう一種の魔法か何かでしょ……)
「こぉんな素敵なレディが居るのに、な・ん・で無反応なのよぉ!! おっかしぃでしょ!? 気の利いた言葉の一つも掛けなさいよぉ! なんで、男の人ってそうなのかしらぁ!?!?」
(って、飛び火したし)
現実逃避気味に天を仰いだぼくの鼓膜に、ゴリラの怒声が突き刺さる。いや、男の人ってとか言ってるけど、お前自身がそもそも筋肉達磨のおっさんだろと。
内心で蟀谷を抑えるぼくに、ゴリラが「いい!」っと太い人差し指を突き付けて来る。
「永遠の美を求めるのは遍く女性の本能! 例え時も所も変われども、決して逃れられないカ・ル・マッ!! 嗚呼、女とは何て罪深く、悲しく、それでいてフェイトフルな生き物なのかしらっ!!! ええ! ええ! 過ぎ去りし過去は取り戻せない、流れ行く今は堰き止められない、それでも未来へも美を繋ごうとするその姿っ!!! それこそが女。永遠の美の探究者の業なの……」
ゴツイ腕で大胸筋の発達した自らの肉体を掻き抱くナンシー豪炎寺。うーん……、
「取り合えず、真水くんはそんな事求めてないと「しゃらあああああああっぷ!!」ぐふっ!?」
ぼくの喉に強烈なラリアットが突き刺さった。振りぬかれた剛腕の一撃に空気の門を叩き潰され、更に固い床に背中を強かに打ち付けられて、肺に残った空気を残らず剥ぎ取られる。
「ザッさん!?」
華奢な身体を必死に細腕で守っていた真水くんの、悲鳴にも似た声が何処か遠くで聞こえた気がした。
仰向けに倒れた痛みに顔を顰めていたぼくがゆっくりと目を開くと、下からヌッと現れた豪炎寺ゴリラが鼻息荒く「いい!」とぼくの胸に太い人差し指を突き付けて来る。
「乙女決しては当たり前なんかじゃなくて、この子の若さも瑞々しさも美しさも、全て奇跡的なものなのよ! それはいずれ訪れる亡失の瞬間に初めて気付き、そして後悔するものなの!! 分かるかしらっ!?」
「いや、そもそも乙女じゃねーし。野郎だし」
ゴリラの言葉にぼくが反応すると、後ろの真水くんが必死に頷いたのを感じた。が、ゴリラの耳には届いていないらしく、血走った目をギョロッと剥いたゴリラは「そ・し・てっ!!」と天を指差す。
「そんな運命に抗う乙女を支えるのこそ、男の子の役目なのっ!! いい、自分の恋人が本当に大切ならっ! パートナーとしてっ! 女の子のデリケートな話にも真摯に向き合わなきゃダメなのよぉ!!!」
ショッキングピンクの後光をテカらせながら、ドレス姿のゴリラは高らかに宣言した。いや、こっちの話を聞けよ。んー……、
「一応断っておきますけど、ぼく以上に真水くんに対して真摯に向き合ってる人間も、真摯に向き合える人間も、多分地球上に存在しませんよ?」
諸々の能力や事情への理解やらを含めると割と冗談抜きで。少し首を起こして視線を向けると、ゴリラの股下で、真水くんがぶんぶんと首を縦に振っているのが見えた。
「甘いわんっ!!」
けれど、ぼくと真水くんの二人の主張が彼女?の何かの火に油を注いでしまったらしく、再びゴリラが鼻息荒く咆哮する。
「いい? 例えその理想や言葉が崇高でも、理想だけでは乙女の夢は支えられないのっ! 現実は甘くないのよんっ!」
「はあ……」
いや、まあ、ある意味そうだけどさ……。
「だ・か・ら」
ニタリと笑ったゴリラが手近なところにあった下着の一つを再び手に取る。って、それ着せる気?
ナンシー豪炎寺が手に取ったのは店の中央にあった明らかにヤバイ下着の中のトップ、穴開き下着すら超えた、局部をレースの紐で彩るためだけの、あて布の無い性行為用のブラジャー。
「ひっ!?」
その下着を認めた真水くんが目に涙を浮かべて小さく悲鳴を上げる。っていうか、その下着で体形を維持できるの?
「ぐふふふふ♥ ちゃ~んと、フィットした下着を着ましょう? 大丈夫。わたしが乙女の立ち振る舞い、手取り足取り教えちゃうわぁん♥」
そう宣言して、再び真水くんににじり寄るゴリラ。対する真水くんはフィジカル的にどう足掻いても逃げられない上に、既に部屋の隅に追い詰められているせいで、逃げる事すらままならない。というか、このままでは確実にアレである。
近い未来を幻視したのか、再び青くなった真水くんがカタカタと震え始める。最早下着の用を成していない下着片手に襲い掛かるドレス姿の筋肉ゴリラと、それに追い詰められる見た目だけは色白の小柄な美少女という構図は率直に言って純粋な犯罪だった。それでも尻餅をついたまま、必死に後退りをしていた真水くん。けれど、初めから殆ど部屋の隅に居た真水くんの逃げられる場所は当然ながら限られている。直ぐにさっきと同じ様に部屋の角に追い立てられて、トスリと戸棚の一つに小さな背をぶつけてしまう。
前門のUMA、後門のエッチな下着。
最悪のタッグに前後を封鎖された真水くんがとうとう本格的に血の気を失っていく。そして、
「……ザッさん……助けてぇ」
不気味な笑いを浮かべるドレスゴリラを見上げながら、何とかそれだけを搾り出した真水くん。その真水くんの声を聞きながら、ぼくは立ち上がり前に回した両手で拘束されていた椅子を目一杯振り被ったのだった。
「あらん?」
背後の気配に気づいたのだろうか、不思議そうに振り返るゴリラ。一体、どんな野生本能しているのさ。
(ま、いいけど)
反応できただけでも十分に凄いけど、ここまで来て対応するのは不可能だ。
「任され……たっ!」
一息で振り下ろす木製の椅子。
単なる木とはいえ、その造りは重厚で、鈍器とするには十分な厚みと重みを兼ね備えている。先の手錠といい、この椅子といい妙に本格的な道具で開錠に矢鱈と苦しめられたものの、こうして使う分には良い武器になる。
「あっふん!?♥♥♥」
後頭部から首筋をを狙い、重厚な木椅子を叩き付けると、何故か一瞬ビクビクッと躍動するドレスゴリラ。なんていうか、別の意味で目の毒だね。
何故か綺麗にポーズを決めて崩れ落ちたゴリラの意識が切れたのを確かめて、一先ず真水くんの方に駆け寄る。
「大丈夫だった、真水く「ザッさあああああああああああん!!」わとと……」
それに気付いた真水くんがびゃーっと泣きながら、ぼくの方に飛びついて来た。真水くんが小柄になっていたおかげで、ぼくの方は軽くバランスを崩す程度で済んだけど、真水くん自身は精神的ダメージがきつかったのか、幼児退行した様にぼくの首にしがみ付いたままグスグスと泣きじゃくって小さな肩を震わせている。
「あー、よしよし?」
一先ず真水くんの頭を軽く撫でながら、ぼくは改めて喧噪後の店内を見回す。ショッキングピンクに彩られたそこはいたるところに下着類が散乱していて、まるで竜巻が直撃でもしたかの様な光景だ。
見れば、お店の外から何人かの女性が店内を恐る恐る覗き込んでいる。
(っていうか、この格好も完全にアウトじゃん)
散乱した下着、倒れ伏した店主、手に持った凶器、手錠、胸の前でぶら下がって泣きじゃくる下着姿の女の子。
百人が見たら百人が通報しそうな格好。それでも、せめてもの抵抗として、ぼくは非武装を示すために両手を開いて上げたのだった。
◆
「ばななっ!?」
「あ、目覚めた」
気絶していたゴリラが奇妙な叫び声と共に飛び起きたのは、それから数分後のこと。
結局、あの場で一番か弱い見た目だった真水くんの存在により、無事に周囲の人達にノットギルティと判断されて、それじゃあどうしようかと思案していた正にその時だった。
内心ビビりにビビっている真水くんの事を考えるとさっさと退散するのも手だったけど、これでゴリラさんに後遺症なり何なりが残ったら、それはそれで事だったし、こうして直ぐに復活してくれたのは良かったのか悪かったのか……
(ま、起きちゃったものは仕方ないしね)
そう判断して、一先ずゴリラさんの前でピースサインを作る。
「何本に見えますか?」
「オフィスワーカーの綺麗だけど男の人らしい素敵な指が二本ね」
「余計な形容詞をありがとうございます。ゴリラさん」
本当に。
「じゃあ、意識もはっきりしているようなので、ぼく達はこれで」
一先ず無事そうなのだけ確かめて、後は退散をすることにする。店内は割と悲惨な状況だけど……まあ、自業自得だよね。
(それに、このままだと真水くんの心に消えない傷が残りかねないし)
ぼくの背中に隠れてカタカタと震えているあたり既に手遅れな気がしないでもないけど。
一言だけ断って、ゴリラさんに背中を向けてお店を出ようとする。けれど、ぼくと真水くんが背を向けた瞬間、ナンシーゴリラさんの「ま、待ってちょうだい!」という声が響いた。
「? まだ何か?」
振り返ったぼくに、ゴリラさんは少し戸惑った様子でちらりと真水くんを見た。その瞬間、真水くんが「ひっ!?」と悲鳴を漏らしてぼくの背に隠れたけれど、ゴリラさんは気にした様子は無く何か考え込む様な仕草を取る。
「その……変な事を聞くようだけど」
「ええ」
「その子……女の子……で良いのかしら?」
「……」
ゴリラさんの言葉に、背中の真水くんがピクリと反応した感触がした。
「どうしてそんな事を?」
「んー、乙女の勘というところなんだけど……」
問い返したぼくに、ゴリラさんが少し考え込む様に太い下唇に人差し指をあてる。
「今、改めてその子の仕草を見たら、何となく女の子じゃない気がしたと言うべきかしら……ねえ?」
そう言って、困った様に首を傾げるゴリラさん。その言葉に、ぼくは少し思案する。
正直、この場で疑問に答えず、さっさと引き上げるのも手だった。特に後ろの真水くんの事を考えれば。ただ、それだと、真水くんの下着の件が片付かないのも事実で、そういう意味ではプロに話を聞くのはアリなのかもしれない。少なくとも、真水くんの中身が男な事には気付いた訳だしね。
「最初はトランクなんて履いてたから、"こんなもの履いて!"って思ったんだけど、それも今思い返すと?」
「まあ、正解です」
「ザッさん!?」
続けて思い出す様に言葉を重ねるゴリラさんにぼくが首肯を返すと、腰元の真水くんが悲鳴を上げて両目を見開いた。気持ちは分かるけど、自力じゃどうしようもないでしょ?
「うぐっ……それは……まあ」
ぼくの確認に、真水くんが薄い胸を抑えて長い逡巡の末に頷いた。
「実は少し前に第二副東京ダンジョンで、性別が変わるトラップに掛かっちゃいまして」
「そうだったのね……」
ぼくの説明に、ナンシーさんは先の狂態が嘘の様に落ち着いた口調で「本当にごめんなさいね」と、真水くんに折り目正しい一礼をした。
「あ、いや……はあ」
予想外の理性的な謝罪に、真水くんは狐につままれたような表情で頭を掻いた。どうやら、今までの対応が嘘の様な対応に毒気を抜かれたらしく、どうしたものかと内心で首を傾げている様子だった。
「不覚だわ。ヴァージンロードの店長として、この繁華街のお助けマダムとしてあるまじき失態よぉ……」
「いや、そんな気にしなくていいっすよ。前知識なしで一発で気付いたの、ザッさんだけだったし」
物憂げに溜息を吐くナンシーさんに、真水くんがわたわたと手を振る。
「いいえ、これはナンシー豪炎寺の沽券に関わる話ですもの。私に名誉挽回のチャンスを頂けないかしら? あなたのお悩み、ビシッと解決してみせるわん!♥」
調子が戻ってきたらしいナンシーさんが仁王立ちになり「ぬふぅ!♥」と全身に気合を入れる。途端にパンプアップした大胸筋がドレスを押し上げ、その布地をミシミシと引き攣らせて臨界点に達している。
「「うげっ」」
そのむさくるしさと圧力に、思わず後ずさりするぼくと真水くん。目の前でおっさんの大胸筋、しかもドレスとか……。
正直、本人のやる気は嫌という程感じられるけど、さっきよりも話すべきかを迷ってしまう。ただ、真水くんの件に関して知恵を借りれそうな人って限られるしなあ……。
「じゃあ、一つだけ良いですか?」
「……」
結局、迷った末に真水くんが首を縦に振ったのを確かめて、少し考えた通りこの人に真水くんの下着の件を相談してみることにした。
「もちろんよん!♥」
「実は今の話が原因なんですが、今丁度身体の変化の事で問題が発生しているんです」
鷹揚に頷いた店長さんに、少し婉曲に真水くんの状態を伝えてみる。
「もしかして、擦れちゃう?」
すると、直ぐにピンときたのか確かめる様に、そう尋ねてきた。
「はい」
いつの間にか隣に出て来ていた真水くんが「うぐっ」と呻いた声が聞こえたけれど、一旦脇に置いておいて、ぼくは首肯する。
「日常生活の事だけなら、ぼくも放置していたんですけど、如何せん冒険者なので」
「一瞬の集中力の切れが命取りになりかねないんですよね」と伝えると事を重く受け止めてくれたのか、ナンシーさんは真剣な表情で頷いた。
「心は男の子だけど、身体は女の子なのよねえ?」
「まあ……」
ナンシーさんの確認に、真水くんがおずおずと首肯する。
「ふむぅぅぅぅぅぅ」
真水くんの答えを受けて、ナンシーさんは少し深く考え込む姿勢を見せた。
「当然、気持ち的にも男の子の下着の範疇が希望なのよね? トランクスを履いているくらいですもの」
「ま、だよね?」
「おう」
先に着せられた黒い下着を脱ぎ捨てて、いつものTシャツジーパン姿になった真水くんがコクコクと頷いた。
「一応、ブラはメンズもあるけれど、身体に合わせちゃうと女性向けになっちゃうし、かといって男性向けのをそのまま使ってたら衣擦れを起こして意味が無いわよねぇぇぇぇぇ」
そう言って、思考を纏める様にコツ……コツ……と太い指でゴツイ割れ顎を叩くナンシーさん。
「あ、そうだわ」
そして暫くして、何かを思い出した様にナンシーさんがパンッと手を鳴らす。
「何かアイディアが?」
「ええ。ちょっと待っていてちょうだい♥」
ぼくが尋ねると、頷いたナンシーさんが倒れた戸棚の一つを片手で軽々と持ち上げて、散乱した製品の中から何かを手に取る。
「冒険者の人向けなら、"これ"があったわね」
「「?」」
そう言って、ナンシーさんが差し出してきたものに、ぼくと真水くんは揃って首を傾げる。
ナンシーさんの分厚い掌に乗っていたのは、透明なシートに貼り付けられた六枚組の黒い星型のシールだった。
「これは?」
メッシュ地のそれに疑問符を浮かべながら尋ねると「ぐふふ♥」と笑って片目を瞑ったナンシーさんが、悪戯っぽい所作で紅い唇に人差し指を当てた。
「これはニップルシール。他にはニプレスなんて呼ばれる、胸の先のデリケートな所に貼る絆創膏の様なものよん♥」
「は?」
「え゛っ!?」
乳首に貼る絆創膏……。
その説明に思わず間抜けな声を出してしまうぼくと、顔を引き攣らせてシールと自分の胸元を見比べる真水くん。そんなポカンとするぼく達を他所に、機嫌よく「ええ、そうよん!♥」と話を進めるナンシーさん。
「まだ、この子の胸が大きくなっていないから出来る裏技よん♥ 普通は先だけじゃなくて周りの筋も痛くなっちゃうから、きちんとブラジャーにした方が良いんだけど、この子はこのサイズでしょう?」
「確かに?」
ナンシーさんの説明に朧気ながら意図を理解して頷くぼく。因みに真水くんの方は「"まだ"って何だよ"まだ"って!? これ以上でかくなってたまるか!?」と発狂している。
「ブラだけだとまだ擦れるのが気になる子が激しく動く時なんかに使うものなんだけど、これは一応スポーツをする男性向けもあるし、仮にこの子が男の子向けのランニングシャツの下に着けてても目立たないはずだわ♥」
そう言って、太鼓判を押す様に真水くんにパチッとウィンクをするナンシーさん。その視線に真水くんの表情には明らかな狼狽が見て取れる。
(まあ、気持ちは分かるよ)
確かに、胸が擦れてむずむずするという真水くんの悩みと、女性ものの下着は着けたくないという条件に対して、比較的真っ当な解決策ではある。ただ、デザインがこのお店の客層向けっぽいと言うべきか、明らかに装飾と淫猥性過多に見えた。
狼狽える真水くんの隣でぼくが内心十字架を切っていると、ナンシーさんが「し・か・も!」と言葉を続ける。
「このシールはわたしの魔法が込められているから、ほんの少しだけど運動能力や五感が強化できるわ。シール自体が小さいから、あまり大きな効果は無いけれど、代わりに着ける前後で大きな違和感が無いのが特徴よ♪」
「冒険者の女の子にも愛用者が多い、うちの密かな人気商品なのよん♥」とナンシーさんは悪戯っぽい笑みを浮かべるのだった。
「ああ、そういう……」
ナンシーさんの説明に、ぼくは妙な納得をする。
確かに重量を増やさずに、かつ付け替え可能なアミュレットなんかを身に着けようとしたら、悪くない工夫に思えた。着けているのも下着の更に内側なら動きの邪魔になる事もないだろうし。で、
(問題は真水くんがどう受け取るかなんだけど……)
チラリと隣を見ると、小柄になっちゃった身体に明らかに物凄い葛藤が渦巻いている雰囲気を立ち昇らせながら、真水くんは星型のニプレスに伸ばし掛けた手を彷徨わせてる。
(ま、そうなるよね)
予想通りの真水くんの反応にぼくも軽く肩を竦める。
プロのおすすめではあるし、下着の内側だから外に露出しないって意味では問題点はクリア。更に魔法による能力強化も考えればかなりのアドでもある。問題は……
「ちなみにこれって、別のデザインとかはあるんですか?」
この明らかに風俗店とかそっちで使われてそうなデザインの方だよね。
「ええ、あるわよん」
真水くんの内心を察してナンシーさんに尋ねると、ナンシーさんはあっさりと首を縦に振る。
「こっちなんかは回復力アップね」
そう言って、ナンシーさんが差し出してきたのは店内と同じ濃いショッキングピンクに染められたハート型のそれ。
「うげっ」
真水くんの呻き声が耳に届く中、ぼくは直ぐに「他にはありますか?」とナンシーさんに確認する。
「出来ればもっと大人しいデザインがあると有難いんですけど」
「ごめんなさいね。このマジックニプレスは面積の関係もあって、形状含めたアミュレットになってるのよ。だから、星型とかハート型とかしか置いてないのよねん」
「なるほど」
そう言って、店長さんは申し訳なさそうに頬に手を乗せる。つまりニプレスの形状が魔方陣の外縁の役目も担ってると……
「どうする、真水くん?」
「うぇっ!?」
取り合えず声を掛けてみると、隣の真水くんがピクンッと小さな肩を跳ねさせた。
「ぼくは判断は真水くんに任せるつもりだけど」
「……嫌だっつったら?」
「その時は別の手を考えよ」
当然ね。
「プラスとマイナスを考えたら、真水くんが凄い揺れるのもよく分かるからね。だから、ぼくは真水くんの判断を尊重するつもり」
「そっか……」
ぼくの答えに真水くんが呟いて、逡巡するように額を揉んだ。
「分かった。じゃあ、これ買おうぜ」
そして数秒後、顔を上げた真水くんは腹を括った表情でコクリと頷いたのだった。
「じゃあ、早速試着してみてねん?♥」
「うぇ!?」
そんな真水くんの決断はものの数秒で揺るがせられた。
「えっと、試着が必要なんですか?」
思わず尋ねたぼくに、真水くんが「だよな!」と追従する。
「サイズもくそも無いだろ、こんなの」
「確かにサイズは関係ないけれど、肌に触れるものだし、魔力や魔法陣へのアレルギーとか、そこまでいかないでもかぶれちゃったりとかが無いとも言えないから、一旦確認してもらいたいのよ」
そう言って、ゲジ眉をハの字にするナンシーさん。
「……」
「……」
隣を見れば、黒い星型のシールを持った真水くんが縋る様な目付きで見上げてきている。……ふむ、
「頑張ってね?」
「ザッさん!?」
ぼくの言葉に、真水くんが裏切られた!?という顔をする。はっはっは。
「まあ、半分は冗談だよ「半分かよ!?」うん。だって、真水くんがやっぱりやめたって言うならそれで良いけど、買ってダンジョンに入ってからかぶれたりとかに気付いたら、それこそ事だから、使うつもりならチェックしてもらうのは必要だと思うよ」
「それは……そうだけどさあ」
苦し気に呻いて手元のニプレスを見降ろす真水くん。
「ぐぅ……」
ぐうの音を漏らして小さな背中を向けた真水くんが、重い足取りで更衣室に入っていくのを確かめながら、ぼくはナンシーさんにニプレスの代金を払う。
「ありがとうございます」
にっこりと営業スマイルを浮かべてナンシーさんが一礼をすると、程なくしてシャッと更衣ブースのカーテンが開き、その中から試着を終えた真水くんが屈辱にプルプルと震えながら、姿を現したのだった。
「ふむぅ……」
そんな真水くんにノッシノッシと歩み寄り、胸の先を穴が開く程に眺めるナンシーさん。その視線から顔を背ける様に横を向いた真水くんと視線がぶつかり、取り敢えず十字架を切ると、涙目の真水くんが中指を立ててきた。
Tシャツだけを脱ぎ捨てて、ショッキングピンクに染められた白い肌。華奢で薄っすらと肋の浮いた小さな体躯を抱きながら、肉薄の胸元を開いてシールを張った先を顕わにする。
純白のきめ細かな肌に貼られた黒い星型のニプレスをじっと見詰められながら、真水くんは羞恥の色を濃くして頬を染めている。
「妙な反応は無さそうね……あなたの方は違和感は無いかしら?」
「ない……っす」
か細く答える真水くんの反応を確かめて、ナンシーさんは一つ頷いた。
「調子なんかはどうなの?」
次いで、ぼくがニプレスの効果を尋ねる。
「確実に調子が良いんだよ……クソが」
すると、心底不本意そうに顔を歪めた真水くんが、吐き捨てるようにそう言った。
「動きの邪魔にはならないかしら?」
「こんなん、邪魔もくそもねーだろ」
続くナンシーさんの言葉に、桜色の唇を尖らせるも、一先ずその場で軽くシャドウボクシングをして見せる真水くん。
ジーパン一丁で舞う真水くんの白い上半身をじっと確かめるナンシーさん。その視線がほんのりと膨らんだ真水くんの胸元を捕らえ、中心で踊る黒い星を品定めする。
「……うん、大丈夫そうね」
やがて納得がいったのか、コクリと頷くナンシーさん。
「良いんだな!? もう絶対にやらねえからな!?」
ナンシーさんの言葉に絶叫しつつも即座にTシャツを着込む真水くん。そんな真水くんを他所に「もし、サイズが合わなくなってきたら、相談してちょうだい♥」とウィンクするナンシーさん。
「下着のですか?」
「いいえ、ニプレスのよぉ♥」
首を傾げるぼくに、何故かナンシーさんも不思議そうに首を傾げる。んん?
「え? ニプレスって合わなくなったりするですか?」
少し想定外のナンシーさんの言葉に、ぼくはつい問い返す。
「当たり前じゃない!!」
その質問に何故か少し怒ったように人差し指を立てるナンシーさん。んー?
首を傾げるぼくと真水くんに、何故か「仕方ないわね」とでも言うように首を横に振るナンシーさん。
「あなたが弄ったりしゃぶったりしt「「てめぇの想定している事態はあり得ねぇんだよクソゴリラァ!!」」
その言葉にぼくと真水くんの声が一つになって、拳とブーツがゴリラのゴツイ脳天を同時に撃ち抜いたのだった。
「はふん♥」
気色悪い悲鳴がショッキングピンクの店内に響き渡り、その中心で仁王立ちのまま果てたゴリラは、恍惚の表情のまま、今度こそピクリとも動かなくなったのだった。
◆
―翌日―
昨日用意した装備やスーツを身に纏い、まだ明け方の市庁舎に着くと、辺りにはゾンビの様に壁や電柱にもたれ掛かるサラリーマンのみがちらほらと点在していた。
「僕達が一番みたいだな、ザッさん」
「そうだね」
隣できょろきょろと視線を巡らせていた真水くんに頷くと、「おお、早いやないか!」という明け方に聞くには心臓に悪いドラ声が辺り一帯に響いた。
「おはようございます。ダンボウ課長」
声のした方を振り向くと、白足袋に締め込み褌、そして法被に大木槌を担いだおかっぱ頭の女の子が仁王立ちになっていた。
「おう、昨日はよう眠れたか?」
「あー、まあ?」
一応普通に寝たはずなんだけど、あのゴリラのせいで妙に疲れたというか……。
ぼくと同意見らしく、顔を歪めて頷く真水くん。そんなぼく達を見比べて「なんやそら?」と首を傾げるも、ダンボウ課長は「ま、ええわ」と首を縦に振る。
「今日から数日、中々の強行軍になるはずや。コンディション作りは怠ったらあかんで」
そして、極めて重要な注意をするダンボウ課長に真水くんと揃って頷くと、ダンボウ課長は満足そうに「よしよし」と頷いたのだった。
「おはようございます」
と、ダンボウ課長と話をしていると、不意に朝日を背にして爽やかな声が聞こえてきた。見れば、昨日の会議室で妙に突っかかってきた金髪の冒険者さんだった。
「「おはようございます」」
ぼくと真水くんが儀礼的に返事を返すと、金髪の冒険者さんは一瞬後退りをして「あ、ああ。今日はよろしく」と頷いき、少しぼく達と距離を取った所に居心地悪そうに立った。
その後も、一人、また一人と冒険者らしき格好の人達が集まって来て、都合十人程度のチームと言うには大規模で、キャラバンと呼ぶには小規模のパーティーが出来上がる。
「よし、これで全部か?」
「いえ、まだ一人来ていません」
その人数を確かめて、ダンボウ課長がそう首を傾げるが、別の冒険者の人がそう言って首を横に振る。が、直ぐに顔を見上げるとその相手が見つかったのか「あ、来たようです」と言った。
皆、他に用事が無かったのもあってか、一斉にその視線の向かった方に顔を向ける。
「少し遅れた。私が一番最後だったかしら?」
(ん?)
やや硬質な、それでいて凛と透き通る声音。
その最後のメンバーらしい女性の声がした瞬間、何故か隣の真水くんが僅かに身動ぎをした感じがした。
真水くんの方を見れば両目が大きく見開かれていて、その中には明らかに動揺の色が見て取れた。
「真水くん?」
思わず問い掛けるも、真水くんは答えない。代わりにキョトンとした表情のまま「見間違えじゃなかったのか……」と囁く様に呟いていた。その口ぶりと様子からして……
改めて視線を向けた先には、朝日を背負った姿で佇む長い金髪の女性冒険者。それも陽光と溶け合い境目が溶けてしまいそうな金糸と純白の肌を湛えたその姿に、周囲の何人かの冒険者が息をのむ。
「江ノ島澪。今日から数日パーティーを組む」
そんな視線の中心で、その女性冒険者。そして、多分真水くんの元パートナーは鋭い視線で周囲の冒険者をぐるりと見回したのだった。
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