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第五話:キショウ・フォルテッシモ

前回もご評価、いいね、お気に入り登録、そして初ご感想どうもありがとうございます!!

とても励みになります!

今回は繋ぎの話なので少し短いですが、楽しんでいただけましたら幸いです

 朧気だった意識がふと頭を擡げたのは、ふわりと舞い降りてきた幽かな"重み"に依るものだった。

 羽毛の様な、或いは新雪の様な淡く儚げなそれは、腕の内で抱き寄せればすぐにも壊れてしまいそうでありながら、微睡の中のぼくの胸の内でじんわりと、しかし、確かな"熱"を感じさせた。


「ん……」


不意にぽかぽかと暖かくなった胸元にゆっくりと瞼を開くと、そこには視界一杯に広がった純白の雪原と、その中心で薄っすらと開き仄かに甘い吐息を漏らす桜色の唇が静かに花開いている。


(んー……?)


 見慣れないその光景にぼくは夢うつつのまま首を傾げた。

 そして、その緩慢な対応が、ぼくにとっての命取りとなってしまったのだった。


「ふあ……」


「!」


幽かだった桜色の割れ目が花弁を大きく開き、白い犬歯を顕わにする。その光景に、本能的な警戒心を刺激されたぼくの意識が即座に浮上するのだが、夢と現の僅かな狭間で、散った桜の花弁が大地へ降り注ぐ様に躍りかかってきたのだった。


「はぷっ」


「んっ!?」


口元に重なる、ふにふにとした柔らかな感触。一瞬、ぼくは何が起きたのか理解出来なかったが、直後に訪れたチクリという痛みに、漸くその花びらに噛み付かれた事を理解する。


「んふっ……」


そして、混乱の最中にあるぼくの口に吹き込まれる、熱い吐息。同時に口腔へと侵入してきたぬらぬらとした柔肉が、ドロドロの粘液を絡める様にくねり回り、じゅっ……じゅっ……と他人の体液を搾り取っていく。


「……」


たった数秒の間に行われた蹂躙劇にぼくが唖然としていると、視界の前でピタリと閉じていた長い睫毛のアイラインがゆっくりと開き、まだ半覚醒のトロンとしたブラックオパールが僅かに揺れた。


「ん……? ザッさん?」


寝ぼけ眼の真水くんの声に、ぼくの脳味噌が漸く事態を全て理解する中、その犯人である真水くんはぼくの腹の上で起き上がると、くしくしと眠気眼を擦っていた。


「あれ? 僕、寝ぼけt「ふんっ」


状況を全く理解していない様子でキョロキョロと辺りを見回した真水くん(バカ)の尻を、ぼくは思いっきり蹴り上げた。


「ふぎゃんっ!?」


「ペッ……ペッ……」


ぼくにお尻を蹴り上げられた上に、舞い戻ったベッドに更にお尻を打って、真水くんが悶絶しているけど、正直ぼくは悪くないと思う。


「次やったら指を詰めさせるよ?」


それよりも、一刻も早く口を濯ぎたいぼくは、一先ず捨て台詞だけを吐いて、洗面所へと急いだのだった。





     ◆





 洗面所から戻ると、少し骨付きの目立つ、真水くんの白くて小さな背中が出迎えた。


「おはよう、真水くん」


痛みのピークを脱したらしい真水くんが、ベッドの上にペタンと座っておっかなびっくりに自分の小ぶりなお尻を触っているのを眺めながら、一先ず声を掛ける。


(っていうか、寝る時は相変わらず全裸なんだね)


一応知ってはいたものの、五年前と変わらない真水くんの習慣に妙な関心を覚えていると、目尻に涙を溜めた真水くんが「う~」と唸りながら振り返ってきた。


「なあ、ザッさん」


「なに?」


「起きたらめっちゃケツが痛いんだけど……」


「ふむ……」


恨めし気なその言葉に、ぼくは少し考える。


(まあ、どう考えても犯人はぼくしか居ないしね)


容疑が明白な以上、しらばっくれても意味はないだろう。……と、なると、


「人が気持ちよく寝てるところに覆いかぶさってきた上に、口の中を蹂躙して来た馬鹿が居たんだけど「ほんっっとうにすまん!!」


真水くんは即座に綺麗な土下座をした。はっはっは。


「まあ、別に良いけど……どうだった? ぼくのファーストキスを奪った感想は」


「ぐふっ」


とどめを刺された真水くんが小さな胸を抑えて撃沈する。ふむ……


「Winner・ザクロー」


取り合えず、ベッドの上で土下座のまま轟沈した真水くんを見下ろしながら、右拳を上げて勝利宣言をしておく。……何か、真水くんが華奢な女の子の身体になっちゃったせいで、いつものノリで動いていると結構犯罪的な見た目になっちゃうなあ。





ジリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!





「「ん?」」


と、いつものノリでふざけていると、不意に狭い寝室内にけたたましいベルの音が響いた。見れば、真水くんのベッドの枕元に置かれた目覚まし時計が、丁度8時を指している。


「……んん?」


その時間にぼくは首を傾げた。念のためもう一度目を凝らすけれど、特に時間は変わらない。ついでに自分のスマホを開いてみるものの、やっぱり記載されたのは"8:00"の文字。


「……ダメじゃん」


そこで漸く、ぼくは自分が割と遅刻ギリギリな事を理解したのだった。


「お、おい、ザッさん!?」


後ろで真水くんの慌てた声が聞こえたが、それは一旦置いておいて洗面用具を引っ張り出す。


(やっちゃったな……)


 鏡に向かって身だしなみを整えながら、ぼくは思わず天井を仰いだ。

 これは調子に乗って日曜日の深夜に晩酌までしてしまったことへの罰なのだろうか? 思わずそんな事を考えるけれど、それで時間が止まってくれれば苦労はしない。


「ザッさん! 背広持ってきたぜ!」


「ありがと真水くん」


と、そうこうしていると、状況を理解してくれたらしい真水くんが、ぼくの背広とシャツを広げて洗面所に入って来る。


「ダンジョン着の方は洗濯しといてやるから、そのまま置いてけ」


「ん」


真水くんの言葉にありがたく甘えて、ぼくはシャツと背広に袖を通す。


「って、ネクタイ曲がってるって、ザッさん!」


「うおっと」


と、服を着終えた所で、慌てた様な口調の真水くんが、ぼくの襟元に手を伸ばして曲がっていたらしいネクタイを手直ししてくれた。


「とと、ありがと、真水くん」


「いいから、急げって。忘れ物は無いか!?」


「スマホ、パソコン、お財布、鍵……ん、大丈夫だね」


「よし、じゃあ行くぜ」


ぼくが確認している間にTシャツとジーパンだけを纏った真水くんが玄関に走り出す。その背中を追いかけて部屋を出ると、鍵を掛けた真水くんがぼくの手をグイっと引っ張って走り出したのだった。





     ◆





 "第二副東京の朝は激しい"


 これは関東では割とよく使われる言い回しで、その原因は偏に第二副東京駅の朝の通勤ラッシュにある。

 通常、大都市近郊の通勤ラッシュは各ベッドタウンに住む人達が一斉にハブとなる駅やバス停に流れ込む事で発生する。

 しかし、ベッドタウンでありながら歓楽街であるという第二副東京では、通常の通勤をするサラリーマンに加えて、巨大な風俗街で一晩を過ごした人達までもが一斉に一つの駅へと押し寄せるのだ。


「うおおおおおおおっ!?!?」


「ちょ、真水くん!?」


結果、他の副東京を遥かに凌駕する人口密度により、溢れ出た人間が駅の外まで広がる事になるのだった。

 そんな殺人的な人の波に揉まれては、今の真水くんの様な小柄な人は一溜まりもない。

 荒海に揺れる小舟の様に人の波にもみくちゃにされて、たちまちあらぬ方へと押し流されてしまいそうになる。


「っとお!」


「うぐおっ!?」


咄嗟に、真水くんの後ろ襟を掴んで持ち上げる。一瞬、朝の陽ざしを跳ね返した白いお腹に周囲の視線が集まるけれど、それを気にしている余裕も無い。というか、こんな殺人的な奔流に今の真水くんを放り出したら、下手をしなくても命に関わりかねない。


「すまん、ザッさん」


そのまま真水くんの小さな体を左肩に乗せると、ぼくの背中に収まった真水くんが申し訳なさそうに頬を掻いた。


「このラッシュだし、不可抗力だって」


「いや、そっちじゃなくてさ」


「うん?」


「冷静に考えて、完全にノリで付いて来ちゃったからな」


そう言って、やっぱり面目無さそうな様子の真水くん。んー、けどねえ……、


「単純に、ぼくを見送ってくれるつもりだったんでしょ?」


「あー、まあ?」


ぼくの確認に、真水くんはこくんと頷く。


「なら、そういうのは言いっこなしでしょ」


少なくとも、ぼくに対してはね。

 そう伝えて肩を竦めると。真水くんは納得してくれたのか表情を緩めて「おう」と頷いた。


「それより、次の電車に乗れそうだから、少し急ぐよ」


「おっけ……いつでもいいぜ」


真水くんが胸元に手を伸ばして確りと捕まったのを確かめて、ぼくは足に力を入れる。辺りに満ち満ちた人の僅かな隙間に身体を滑り込ませ、時々周囲にぶつかりぶつかられながら、駅の改札へと急いだのだった。





 第二副東京駅の改札に着くと、辺りの人の波は少しだけ鎮静を見せる。

 一度改札に入れば逆流する事自体があまり無いのと、掲げられた時刻表から凡その時間が予測出来て、気が急く事がなくなるからだろうか。

 そんな、改札前の僅かな淀みに辿り着き、背中の真水くんをその場に降ろす。


「よし、じゃあね真水くん」


「おう、気をつけてな、ザッさん」


ニッと笑った真水くんが嬉しそうに拳を突き出してくる。そういえば、前はそんな事もしてたね


「また週末待ってるからな」


「うん」


頷いて拳を出すと、真水くんが小さな拳をコツンとぶつけてくる。それを受け止って手を放すと、ぼくは再び第二副東京の人の荒波の中に飛び込んだのだった。





     ◆





「ふぅ……」


 あの後、満員の通勤列車に揉まれながらも何とか会社に辿り着いたぼくは、無事に始業前にカードを切り仕事に取り掛かる事が出来た。


「……ん?」


 気付け代わりのブラックコーヒーを片手に、週末の間に溜まったメールの処理をしていると、不意に胸ポケットに入れていた私用携帯がヴーヴーと振動する。

 いつもの癖で着信を切ろうとしたものの、そこに映った"真水くん"の文字に、ぼくはホームボタンの代わりに通話ボタンをタップする。


「もしもし、真水くん?」


『あ、良かった、繋がった』


電話に出ると、真水くんの焦りと安堵が混ざった声が聞こえてきた。


「何かあったの?」


その声音に、ぼくは思わず声を潜める。普段から喜怒哀楽がはっきりしている真水くんだけど、こう、焦燥感が滲み出た声音で話すのはあまり多くない。何かトラブルがあったのかなと思って席を立つと、電話の奥で『あっ!?』という真水くんの慌てた様な声が聞こえてきた。





『さっさとせんかいクソガキイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!』





直後、ほんの小さなスマホから、辺り一帯を震わす程の轟音が響き渡った。

 まるで地の底から響く様なドラ声に、腕を限界まで伸ばしてスマホを遠ざけるも、そんな距離など無かったかのように、キーンとなる鼓膜に顔を顰める。やがて、轟音の余韻が引いたのに合わせて目を開けると、他の会社の人達が唖然とした様子で、丸くした目をぼくへの向けて来ていた。


「……すみません」


 取り合えず、一言周りの人達に謝罪して、一旦オフィスの外に出る。明らかに堅気じゃないその声に、もしかしたら周りの人達からは借金取りか何かかと思われたかもしれない。

 もちろん実際にはそんな訳もないんだけれど、同時に、ぼくはそのドラ声に覚えがあった。


「もしもし」


『すまん、ザッさん!』


オフィスを出て改めてスマホを取ると、真水くんの謝罪が真っ先に聞こえてきた。


「ん、気にしなくて大丈夫だよ」


取り合えず真水くんに一言答えると、ぼくは気になった事を尋ねてみる。


「ねえ、真水くん。もしかしてなんだけど、真水くんって今ダンジョン・冒険者課(ダンボウ)?」


ぼくが確認すると、電話の奥から『うん……』という気まずげな返事が返って来る。


(そっか……)


どうやら、予想は完全に当たっていたらしい。


『ザッさんを送った後に二度寝してたら、市庁舎から電話があってさ』


「うん」


弱り切った様子の真水くんの声に相槌を打つと、その後ろから『変われ。その先は儂が話したるわ』というさっきの声が聞こえてきた。

 直後にその声の主と真水くんがどたばたと言い争う音が続くけれど、どうやら途中でスマホを取り上げられたらしく、『あっ!?』という焦った真水くんの声が遠くで響く。


「……もしもし?」


『おう、久しぶりじゃのう<おもちゃ箱(ドリームボックス)>』


凡その状況を理解しつつ、万に一つくらいの可能性に賭けて声を掛けてみるも、受話器の奥から聞こえてきたさっきの声に、ぼくは額を抑える。いや、まあ、何となく逃げられなさそうなのは理解していたけどさ……。

 思わず溜息を吐くと、電話の先から『ああん?』という威嚇する様な声が飛んでくる。


(血の気多すぎでしょ)


その反応に、今度は内心だけで嘆息しながら、ぼくも「お久しぶりです課長(・・)」と返事をする。


「えーと、お元気でしたか?」


次いで社交辞令を口にしてみるも、帰ってきたのは『ふんっ』という荒い鼻息だった。


『元気も何も、わしが寝込んどったら今頃"第二(・・)"は崩壊しとるわ』


(まあ、それはね……)


大言ではあるが過言ではないそのセリフに、ぼくは内心で肩を竦める。


『それよりもや小僧』


「はい」


『おどれ、わしのシマでシノギ再開しておいてからに、挨拶の一つも無いんはどういう料簡じゃ』


(いや、シノギって……)


完全にドラマか何かのヤクザの言い回しに冷や汗が流れるのを感じながら、一先ずその言葉の訂正をしてみる。


「確かにダンジョンに潜りましたけど、今は一般人ですから。あくまで副業というか、本業に支障が出ない範囲で『せやったら、今週末も"第二"で潜るっちゅうんも、こっちの小僧の出まかせか?』……えーと」


どうやら、完全にバレてるらしい。

 真水くんがぼくの事をゲロする事は無いだろうから、週末前にチーム申請とかの準備を済ませようとしたところで捕まっちゃったのかな?


『ま、ええわ』


現実逃避気味に事情を考えていると、電話越しにそんな声が聞こえてくる。


『おどれ、今晩わしんところ(・・・・・・)に面出せや』


(まじかー……)


その言葉に、ぼくは思わず頭を掻く。移動するだけとかならまあ、まだ良いんだけど、確実にそれだけじゃ済まないよね……。


『本当やったら、今すぐにでも顔出させるところやけどな、今のおどれはカタギさんやから終業までは勘弁したるわ』


そんな言葉と共にブツッと切れる通話。まるで今までの会話が嘘のように、ツーツーという無機質な音だけが小さく廊下に反響している。


(取り合えず、行かなかったら真水くんの身が危険だしなあ……)


人質という訳ではないだろうけど、八つ当たりの的にされるくらいは目に見えている。


「……しょーがないか」


結局、ぼくに選択肢があるはずもなく諦念混じりに嘆息する。


(それにしても……)


取り合えず、定時までに急いで仕事を終わらせないとと考えながら、ぼくはふとある事を思い出す。


(あの顔と話し方でダンジョン()・冒険者課の()課長()ってどう考えても詐欺だよね……)


五年前にそこそこお世話になったのは事実だけど、仁王か何かの様な顔を思い浮かべると頭が痛いのもまた事実なのだった。






ここまで読んでくださり、どうもありがとうございます。

アドバイス、ご指摘、ご評価、ご感想頂けましたら幸いですm(__)m

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[一言] さらっと行われたTS娘さんの全裸土下座、ありがとうございます。 課長、声は強面、実際は?(幼女とかのパターンかな)
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