9.残った椅子は1つだけだった…俺以外に座るやつはいるのだろうか…
最初は考えないことが難しかった。
なぜか、過去に失敗したことばかり思い出す。
棒を振り続ける時は、棒を振る行為に集中すれば雑念がなくなっていった。
しかし、何もしない状況だと考えないことは難しかった。
同じような内容を延々とループし続けていたが、数十年と経つうちに考えるという行為に飽きが来た。
何も新しい出来事はないし、何十万回も同じことを考えてたら当然だと思う。
何も考えないし、何も感じないし、何も思い出さないという時間が少しずつ増え、それが当たり前になっていった。
200年程経つと、良い想いも悪い想いも生じず、ただそこに存在するだけの状態になったと思う。
結局、数を数えることもしていたが、ただ目を瞑り、背筋を伸ばし、呼吸をするだけで何も考えなくなるのだろう。
問題は、その状態になるまで続けれるかどうかだった。
そんな日々を過ごしていたある日、おっさんが言った。
恐らく、昼過ぎだったと思う。
「やめい!」
「やめます!」
サトシが言った。
マルオに続き、ついにこいつもやめるのか。
家族とは比較にならない時間、共同生活をしていたがほとんど話をすることもなかった。
そのため、サトシのことを全く知らなかった。
「そうか。では、第三段階に移行する」
サトシは無言で、長年使った木の棒を持って、去っていった。
一言くらいあっても良かったのにと思ったが、残る者に対するサトシなりの配慮かもしれない。
第一段階が60年程、第二段階が200年程だった。
第三段階はこれよりはるかに長いかもしれない。
ここまでにやったことは、棒を振ることと、瞑想することだけで、これで本当に最強への道を歩んでいるのだろうか。
全く実感がなかった。
少なくとも、一人では絶対やり遂げれなかったが、いよいよ一人になってしまった。
「木の棒を持ってこい」
「持ってきました」
「戦え」
こうして、ついに本格的な戦闘訓練が始まった。
棒を振ること、瞑想をすることは、己との戦いだった。
しかし、今回は他者との戦いになる。
しかも、到底勝てそうにない相手とだと感じていた。
最強の戦士を育てる人間が弱いわけがないと思っていた。
剣道は全くやったことがなく、知識もせいぜい漫画で知ったことくらいしかない。
正眼の構えのようなものを俺はした。
おっさんを観察する。
おっさんも木の棒を持っていたが、俺とは異なり、構えを取っていなかった。
何をしたらいいかわからなかったが、とりあえず、今までやってきたように踏み込んで、棒を振った。
そして、俺の意識は消えた。
気が付くと、夕方になっていた。
寝室に運んでくれたようだった。
特に身体にケガはなく、痛みがあるわけではないようだった。
瞑想をし始めて、数日経った時のことを思い出した。
とてもじゃないが、今回は乗り越えれるとは思えなかった。
対策を立てようにも、正面から斬りかかり、何が起きたか認識すらできてない。
そんな状態でどうやって勝たなければならないのか……
そもそも、勝つ必要があるのかとも思ったが、最強を目指すには勝たなければならないのだろう。
俺は今までの状況を整理することにした。
今までの棒を振ることは、意識せずにすることを目標としていた。
瞑想することは雑念によって狭まった思考の場を、雑念というゴミを掃除することで広げることだった。
もっと他に意味があるかもしれないが、そういったイメージを持って取り組んでいた。
雑念を捨て、相手の観察と、対策に思考を割り振りつつ、意識せずに攻撃することを目指す。
今回、瞑想をしてるときのような心を無にして、意識せずに棒を振れてはなかった。
おっさんにどうやられたかは認識できてないが、一先ず、今までやってきたことを発揮することを最初の目標にした。
また、攻撃のバリエーションを増やすために、縦に振り下ろすだけでなく、薙ぎ払う動作を同じレベルでできるように練習することに決めた。
恐らく、この第三段階が最後の段階になるのだろうが、これは単に戦うことが重要なのではないと思った。
戦い、出てきた課題を整理・分析し、対策を立て、実行する。
そのプロセスを延々とし続け、成長していくことが大切なのだろうか。
しかし、おっさんの攻撃を認識するためにはどうしたらいいのか…
早さは当然あるのだろうが、それが本質ではなく、意識の隙間をついてくるようなものだろう。
これといって、対策は思い浮かばず、とりあえず何度も受けてみることにした。
明日に備え、棒を振ることにした。
薙ぎ払う練習もするが、やはり縦に振り下ろす場合と異なり、質の低いものだった。
最低限、縦、横、斜めの切り落とし、切り上げを仕上げておきたい。
できれば、突きも欲しい。
こうして、朝から夕方までおっさんと戦い(といっても、最初のほとんどは昼前に意識を飛ばされ、夕方に意識が戻る状態だったが……)、夕方からは食事をし、課題の整理・分析、対策を考え、棒を振り、瞑想をし、寝る日々が始まった。
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