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万博讃歌

作者: 大塚雅裕
掲載日:2021/11/21

 東山線の東の終点、藤が丘の駅のホームに降り立った彼は、思わず一つ身震いをした。寒い、コートを羽織って来ればよかった。地下鉄の駅とは言え、ここは地上の高架の上にある。すでに十一月も中旬であり、昨日の冷たい雨上がりの夜空には、銀の皿の様な満月が寒々と、冴え冴えと輝いていたような時節だ。まだ雲が多めの上空から早朝の寒風をまともに受け、また昨晩の月の光が隣の家の屋根瓦に白く冷たく反射していた光景をありありと思い浮かべながら、彼は体の芯からもう一度震え上がった。

 一応ここは交通の要衝でもあり、降車客はかなりあった。けたたましいアナウンスとベルの音、慌ただしい沢山の足音、そして再び動き始めた列車の発する重低音の中、ゆっくりと歩く彼の傍らを他の大勢の通勤、通学客達は足早に通り過ぎて行く。目の前のかなり広めの階段も、すぐに人で一杯になってしまった。彼は脇に寄って人込みから少し離れて立ち止まり、その混雑ぶりを他人事の様にながめた。そして、そのままやり過ごすことにした。

 藤が丘、これまで数え切れないほど何度も利用した駅だ。大体いつも、あそこまでは公共交通機関を使っていた。他の交通手段としては、ほんの数回公用車を使ったきり、だからだろうか、あれからそれ程長い時間は経っていないにもかかわらず、何故だか妙に懐かしさがあった。

 今では利用客が(これでも)かなり少なくなってしまっている。しかしあの頃は、とにかく毎日々々とんでもない数の客達であふれ返っていた。そうしてまた何よりも、今と違って客層が多彩だった。物静かな老夫婦、賑やかな家族連れ、騒々しい若者達、中高年の元気な団体客、そしてうんざりしたような表情の通勤・通学客達―――文字通り、老若男女、善男善女が集い、集まり、あの大きな祭りへと繰り出して行ったのだ。

 暫くぼんやりしていると、こちら側のホームには人影がすっかりなくなった。反対に、線路を隔てた向かいのホームには大勢の乗車待ちの客達、そして左手の方からゆっくりと高畑行きの電車がごろごろとやって来る、そのお客達を詰め込んで千種へ、栄へ、名古屋駅へと輸送して行くために。さて、ではそろそろ出るとするか、次の藤が丘着の電車がやって来る前に、そしてその中から、さっきと同じ様に沢山の乗客達がどっとあふれ出て来る前に。彼は人気のなくなった階段を静かに下りて行った。

 しかし改札を通るあたりから、また人の波が彼の周りで逆巻き始める。前の方からは地下鉄の駅へと上がって行く人々、後ろの方からは早くも東山線の次の電車から降りて来た人々、改札の向こうにはバス停目指して速足で急ぐ人々、なかなかの賑わいだ。

 その流れに押し出されるようにして、彼は改札を抜けた。すぐに短い階段が一つあり、それを下りると正面に公衆トイレ、そこを左に折れて少し行ってようやく駅の外に出る。途端に、眼前には道路を行き交うバス、トラック、乗用車、タクシー、そしてそれらのエンジン音、曲がる時、停止時のタイヤのキキキという摩擦音、青信号のピポピポという音などが目にも耳にもまことに騒々しい。歩道には沢山の人や自転車、そこに面して、夜ほどではないが派手な看板で飾り立てられた多くの高いビル群、それらの間を縫う様に林立する電柱と、その上部で景色を切り刻んでいる幾本もの電線、頭上の高架の上でゆっくりと動き始める地下鉄の車体と重い轟音―――のただ中で、彼はいつの間にか立ち止まって、目の前の単調に長く並べられた工事用の目隠しの連なりを見つめていた。

 そこは、リニモ藤が丘駅のかつて存在した地上部分、白い丸い巨大なテント屋根で覆われ、その内部に何百という人々の列を幾重にも折りたたみ収納していた広場、天井からは幾つかのテレビ画面が吊り下げられ、あの祭りの宣伝がさかんに映し出されていた。そのテレビのナレーションや音楽が楽しげに流れ、そこに群集特有のざわめきがこだまする。その中で数十人の警備員達が、ひっきりなしに注意事項に関する同じ言葉を繰り返していた。数百人のリニモの利用客、たかが数百人と言うなかれ、朝の八時前から昼近くまで、ずっとこれだけの人数が並んでいたのだ。一日当たりに換算したら、延べ数千、いや万単位になったのではなかろうか。なにしろ凄まじい有様だった。

 しかし、今では役目を終えたあの白い丸屋根は取り払われ、目隠しの向こうからは何の物音も聞こえて来ない。静まり返っている。今日の撤去工事がまだ始まっていないのか、それとも工事自体あらかた済んでしまっているのか、どちらにしてもあの夢の様な、或いは悪夢の様なお祭り騒ぎは永久に過ぎ去ってしまったのである。

 彼はほんの暫く佇んだだけで、再びゆっくりと歩き始めた。今度は、そのリニモに乗り継がなくてはならない。リニモの駅は地下にある。また階段だ。しかし下りるばかりなんだから有難い、けれど帰りはリニモ駅から地下鉄駅から上りばかりだな、彼はいらぬ心配などしながら三番出口をのぞき込んだ。狭い、その上かなり長く、下まで一直線になっている。そのせいか、傾斜が実際よりも急であるように感じられた。これでは下りて行く、というより、兎の穴にでもすとんと落ちて行くような気分だ、そうすると着いた先は不思議の国か、凝りもせずいらぬことを考えながら彼はその階段を下りて行った。

 ここは祭りの期間中、出口専用だった。彼は何度もここを通ったが、当然出口としてであって、地下の駅から息を切らせながら上がって来る通路としてより他使ったことがない。だから妙な違和感があった。例えば普通の地上の道路でも、いつもは何らかの事情で一方方向からの通行でしか使っていないような場合、たまたま或る日、別方向から通ってみたりするとまったく馴染みのない道のように思われることがある。全く別の風景のように見え、いやによそよそしく感じられることがある。あれと似たようなものなのかな、と彼は独り呟いた。

 階段を下りきってしまうと、事務室の窓口や券売機のある比較的広い、奥行きのある空間に出る。ここもやはり、かつては毎日人で一杯だった。係員の誘導により、横一列に四五人ずつ並んで、向こうの方まで、二番出口の方まで長い行列を作っていた。それも一本ではとても足らず、二本に分けていた。そしてその二本の行列がそれぞれ、一本は次の順番待ち、もう一本は改札を通るためにぞろぞろと動いて行くように仕組まれていたのだが、その有様は、彼が昔大学祭の映画上映会だったか、どこかの場末の名画座か、とにかくそんなような小さな上映会場で観た『メトロポリス』の一場面にそっくりだった。異様といえば確かに異様な光景だったが、映画と違って、重労働現場への行き帰りというわけでもなかったので、みんなうんざりしたような表情を見せてはいたものの、別段暗い雰囲気ではなかったが、しかしそれだけなお一層―――喜劇的ではあった。

 彼はそのまま券売機の前へ行き、財布から数枚の硬貨を取り出すと手早く投入し、行き先のボタンを押す、『万博会場』、それから改札を通り、コンコースに入った。ピンポーンというような警報音が断続的にこだまし、ピヨピヨピヨと鳥の囀りを模した電子音が流れ、そして更に、この下にある駅のホームからは空調の機械音だろうか、ヴゥーンと低く、乾いた新車のにおいの様な音が響いてきている。ここでも相変わらず人影はほとんどない。

 ところで、リニモのプラットホームに到着するためには、まだ一つ階段がある。分かっていたことではあるが、彼は眉間にやれやれという気分を表しつつ、狭い、しかし今度は短めの最後の階段を下りて行った。今では幻となってしまった大混雑の人込みを頭の中でかき分けてみたりしながら。例の鳥の鳴き声の電子音は、ちょろちょろと流れ続けている。時折、日本語と英語のアナウンスが得意げにかぶさってくる。そして少し無理をして作ったような、細長い三角形のプラットホームが目の前に広がった。

 ホームの内と外は、厚いガラスを用いたカーテンウォールで仕切られており、車両が停車した時の各車体ドア付近に丁度合うように扉がしつらえてあって、安全性への配慮がなされている。所々白い丸柱が多めに立ち並び、乾いた空気がひんやりと感じられる。天井も白く床も明るい灰色で、全体的に白っぽい色が基調になっている上、標識や時刻表などには紫色が使われており、清涼感があった。

 こうしてようやくたどり着くことのできた、リニモの名古屋側始発駅のプラットホームである。

 事実上、あの祭りの、こここそが入口であったということができるだろう。ここに立つことによって、あの祭りは既に始まっていたのだ。あの壮大な、とともに卑小な、国際的であるとともに地方的な、表向き称賛されながら、その実裏では冷笑され続けた、あの祭りの、だ。

 彼は、この祭りに関係する部署へと配置転換された時のことをよく覚えている。おそろしく昔のことだったような気がする。当初予定されていた計画全体を見直さねばならなくなり、非常にごたごたしていた頃だった。三月末の、引継ぎとは名ばかりのいい加減な説明を受け、四月一日、新しい職場へと恐る恐る出かけて行ったものだ。

 ほぼ毎日の残業、ほぼ毎回の休日出勤、うずたかく積み上げられた書類に埋もれ、ひっきりなしに鳴り響く電話の音に引っ張り回され、上司の怒鳴り声に追い立てられる。パソコンを開けば、ずらりと並んだメールに各種集計表、決裁書及びその資料、訳が分からなくなる。外回りでは怒号飛び交う説明会、形式ばった委員会、陳情やら依頼やらの緊張を伴なう訪問等々―――仕事一色の生活。まあ自分の場合、子ども達はとっくに反抗期を過ぎて、父親など歯牙にもかけない強者になっていたし、妻は妻で勝手にやっていて、亭主など家にいない方がいい、と公言していたくらいのものだから、そういった点では問題なかった。体の方も、おかげ様でこれまで何とか持ちこたえることができた。しかし同じ職場の連中の中には、家庭内で大きな問題を抱えてしまった者もいた、体を壊してしまった者もいた、精神をやられてしまった者もいた。どんな時にもいる、打ち捨てられ、見捨てられ、闇から闇へと葬り去られて行くごくありふれた犠牲者達だ―――

 その時、到着を知らせるアナウンスとともに、リニモが静かに入って来た。地下鉄などと違って確かに静かである。リィュウゥーというような電気的な音をかすかにたてながら水面を滑るようにやって来て、それから空気的な弾力を感じさせるような仕方でゆっくりと停車する。チロリロリン、と独特な警報音が流れ、車両とホームの自動扉が順番に開き、思いの外多くの通勤・通学者達があたふたと降りて来た。まだまだ新しくて明るいリニモの地下ホームに、慌ただしい靴音が鳴り響く。降車客達が全員出払い、地下鉄駅やバス停目指して地上の方へと消えて行ってしまってから、彼はのんびりとリニモに乗り込んだ。彼と一緒に乗車した客の数は、降りた客達に比べるとはるかに少ない。

 車両はごく小振りだった。ステンレスっぽい色の金属製の壁・天井にシート貼りの床、一つの車両に向かい合った四人用の席、二人用、三人用の壁際の席が、それぞれ二三個用意されている。天井と壁の境目に、広告や路線案内図を兼ねた照明が長く伸びている。立ち客がつかまるためのパイプ柱が、そこここに数多く、巧みに配置してある。それに、かなり大きめの窓が多数ずらりと並び、閉塞感がまるで無い。なかなかの機能美だ、と言ってよかろう。

 彼が乗ったのは、たまたま先頭車両だった、で他に客がいないことを見届けると、彼はちょっと悪戯っぽくにやりとし、一番前の正面向き席に陣取った。実は一度これをやってみたかったのである。コンピューター制御の全自動運転、四角い車両の垂直な前面はほぼ全面ガラス張り、かなり見晴らしが良さそうだ。

 しかし今は地下トンネルの中、前方はほぼ闇に閉ざされている。ぼんやり眺めていると、目の焦点がフロントガラスの表面に合い、そこに彼及びその背後に広がる人気のない車内の様子が映し出された。夜行列車の車窓のようなわびしい光景だった。つい先程直接見た景色の映像のネガを、透かして見ているような淋しい有様だった。彼は、振り返って実際の情景を確かめてみたい衝動に駆られたが、自分がいかにも小心者であるかのように思われたので、それはやめにし、かわりにもう一度目の焦点をずらして車両の外へと視界を移すことにした。小さなランプが列車の下部にあるらしく、前方床へと冷たい光が届いていて、照らし出された軌道の手前のほんの一部が銀色に輝いている。またトンネル両側の壁に、いくつもの蛍光灯が等間隔で取り付けられており、それぞれがすぐ上の天井部分とすぐ下の側壁に向けて細長く光を投げかけているため、沢山の白いアーチがずっと向こうまで点々と続いているように見える。それらが、暗い感じの抽象画の様に、平面的に浮かび上がっているばかりである。やはり物寂しい景色であることに変わりはない。

 その時後ろの方から足音が聞こえてきた。何だろう、と今度はそちらに頭を向けると、この鉄道会社の制服を着た職員だった。どうやら運転士であるようだ。全自動制御とは言え、やはり人間の付き添いが必要らしい。その職員は、そのまま簡単な柵で仕切られた運転室へと入って行き、様々な計器類を前にして席に着いた、そして、ふう、と息をつきながら所在無げに天井を見上げた。

 彼も、何とは無しにその動作を真似て、同じ様に天井を見上げながら所在無げにため息をついてみた。もうすぐ発車か。そして今度は背筋を伸ばして座り直すと、体を少し前に乗り出すようにして、また正面を見据えた。

 彼は以前から、一度走行するリニモの最前列の席でその景色を堪能してみたい、と切望していた。子ども達なら、大概皆そういう状況を好むだろう。そしてその気持ちを素直に表に出す。そうして、それは社会的に大いに許容される。と言うより、もともとそういうものなのだ。しかし大人はと言うと、なかなかそういう訳にはいかない。彼だって、今日もしこの車両に子どもが乗っていたら、きっとこのように最前列の座席を占拠することはなかっただろう。黙って、どこか後ろの方の席へと向かっただろう。心の中で、残念無念と呟きながら。ここは本来子ども達の席なのだから。しかし今日は、この時間は大丈夫であるに違いない。彼はもう一度あたりを見渡して、にんまりとした。

 そうしているうちに、とうとう出発の時間となったらしい。いきなり車両のヘッドライトが点灯し、今まで闇に閉ざされていた遠くの方まで光が投げかけられ、軌道が銀色のアルミニウムの梯子の様にすぅっと伸びた。それから人気のないホームに発車を知らせるアナウンスが入り、チロリロリンと列車の扉、ホームの扉が順に閉まる。発進だ。

 例の未来的なリィュウゥーという音とともに、ゆっくりと滑らかに動き始める。その動きに合わせて前方の光景も展開し始めた。幾何学的に構成された、ほとんど黒と白と銀色だけの抽象的な画像が、動きを伴なった映像へと変化し、それから奥行きを持った三次元の空間動画となり、彼の目の前で多様に広がって流れ始めた。それまでのっぺりと、黒々とフロントガラスに貼り付いていただけのトンネル内の景色が、突如として立体的に、ホロスコープの様に現れたのだ。その左側面には保安用の歩道があり、軌道側にしつらえてある銀色の手摺の列が、遠近法でもって、ずっと向こうの方まで見事に輝きながらぱらぱらと収束して行く。同じく、蛍光灯が織りなすいくつもの光のアーチが次々とその大きさを変えながら、ひゅんひゅんという音を視覚的に描きながら過ぎ去って行く。リニモの軌道は、トンネルの床部分から随分と高めに作られているのだが、この軌道自体がライトの光を乱反射してでもいるのだろうか、下方からも光を受けているかのようにくっきりと浮かび上がり、これまた銀色の光を静かに放ちながら、はるか彼方へと続いて行く。彼は思わず、息をのんだ。

 暫くは、トンネルが曲がりくねっているので、リニモも速度を落として走っている。先ず右への小さなカーブが二つ続き、その度に体が左の方へと引っ張られる。少し広めの所に出たと思ったら、今度は左への大きなカーブが現れ、さっきよりも強く体が右の方へと引っ張られた。しかしそれも少しの間だけで、直に軌道は直線的となり、列車はいきなり加速する。彼の体は再び、今度は後ろの方へ強く引っ張られ、ただすぐに安定し、その後は多少の減速と加速と、若干の大きなカーブを繰り返しつつ走行を続ける。

 その間に繰り広げられたトンネル内の光景と列車の推進音、推進力に彼はすっかり魅せられてしまった。その情景だけであれば、いつかテレビで見たことがある小アジアに現存するという遺跡、十字架を奉ずる古代の異教徒達が造った地下教会の内部通路の様でもあったが、この先頭車両最前列の席に座りトンネル内の走行を体感すると、幼い頃テレビや映画館で観たことのある、また小説などで読み、頭の中に描いてみたいろいろな空想科学物語の胸躍る場面の様でもある、と彼は時空を超えた印象を持ったのであった。

 公共交通機関としては少し小さめのトンネル内、天井と壁はコンクリートだが、その表面は磨き上げられた様になっており、かすかな光沢があり硬質で奇妙な清潔感がある。照明の光は、左右ずっと向こうまで点々と規則的に続き、ただ白い光を放っているだけで幾何学的な動く模様、といった様子。その中をリニモは進んで行く。下からの光を受けて、浮かび上がっているように見える軌道。その光が届く範囲の部分だけが存在しているようで、その上震動がほとんどない。後ろから強い力で押されているような、その乗り心地から、列車ではなく、まるで未来の地下都市から今まさに空へと(或いはそれを通り越して宇宙へと)飛び立とうとしているジェット機(或いはロケット)に搭乗しているかのような感覚に襲われる。

 彼は満足した。心底興奮し、満喫し、充分満足した。満員列車に詰め込まれている時には、けっして味わうことのできない感覚だった。

 彼にはかなり長い時間に感じられたのだが、この間の所要時間はほぼ三分間、リニモの地下部分は一区間のみであり、徐々に上り坂となって行く最後の大きな左カーブにさしかかると、すぐに外の光が見えてきた。地上へ出るのだ。トンネルの出口付近に来た時、視界の左下隅に外からの陽の光が何かに反射してきらきらしているのが見えた。そちらに目をやると、これまでは気が付かなかったが、どうやら排水溝らしかった。要するに、ドブだ。これが今までずっと両側にあったのか。軌道の陰に隠れていて見えなかったようだ。おまけに、トンネル内では神秘の輝きを放っていた内壁のコンクリートの表面も、明るい陽光に照らされるとてかてかしていて、いかにも安っぽく見える。彼は急に現実に引き戻されたような気分になった。

 しかしそんな彼の思惑にはお構いなしに、前方の視界はみるみるうちに明るく開け、朝日に白く照らし出された、はなみずき通駅が現われた。まぶしい陽光をほぼ正面から浴びながら、リニモは静かに駅に進入して行く。『駅』とは言えごく簡素な造りで、清潔な屋根付き洗車機といったいで立ちだ。今にも大きな回転ブラシが左右から出てきて、車体をシャワシャワと洗浄し始めるのではないかというような雰囲気だった。車両はそのままゆっくりと停止し、チロリロリン、ピンポーン、という音とともに車両と駅スクリーンの扉が順番に開く。降りる客が少々、乗って来る客はいない。と、後ろの方を気にしていたらあろうことか、運転士が目の前の計器盤の蓋を慣れた手つきでそっと閉めると、いきなり立ち上がって何も言わず愛想もせずに、そのまま車両の扉からすたすたと出て行ってしまったのである。どうやら、地下路線のみ立ち会っていただけのようだ。運転室、と言うか操作室は無人の空間と成り果てた。それなのに、それからアナウンス、警報音が流れ、扉が閉まると列車はまた何食わぬ顔をして前と同じ様に動き始める。運転士のいない列車は、しかしやはり、少々寂しい。

 さて、地下路線から出たと思ったら、今度はすぐ高架線となる。かなりの勾配の上り坂を、リニモはゆっくりと、しかし苦も無く滑らかに進んで行く。左手にちょっとした広場があり、洒落た噴水が水しぶきを上げていた。それから急に車体が右の方へと大きく向きを変え、ほぼ真南に正面を向けた。左斜め横からかなりまぶしい太陽の光がまともに照りつけてくる。空には少し雲が多めだが、丁度東の方に大きく開けたところがあり、そこから太陽がこれ見よがしに輝いているのだ。もしかしたらごくごく薄い雲が実は広がっていて、それが乱反射みたいなことをしているのかもしれない。この網膜に乱暴をはたらくような日差しに対し、彼は忌々しげに目を細め、手をかざした。路線が高さを増すにつれ、車窓には長久手の町の景色が広がった。戸建ての家々、アパート、店舗などが立ち並び、所々に背の高いマンション、しかしこれらは比較的数が少なく、そのため遠方まで見渡せる。色とりどりの三角の屋根と沢山の四角い窓が妙に目についた。

 その時、反対方向から藤が丘行きのリニモがやって来た。まったく同じ格好をした車両がこちらの方へずんずん近付いて来る。これを見て、彼は何故か鏡を見ているかのような、或いはまた噂に聞くドッペルゲンガーとかいうものと対面しているかのような感覚に襲われた。そしてそのまま二つのリニモがすれ違ってしまった後で、どうやら自分はこのリニモに、知らぬうちに感情移入してしまっていたらしい、と彼は考えた。彼自身がリニモになりきって、あたりを眺めながら走っているように感じていたようなのだ。この時、すれ違った相手はあくまでも藤が丘行きのリニモだった、決してリニモの最前列に座っていた人間だったのではない。大体そこに人が座っていたのかどうかさえ、全く覚えていないような有様なのである。

 彼はそんな自分にあきれたように、一度視線をリニモの車内に向け、ああ、自分はこのリニモなのではなく、その中にいる乗客なのだ、とわざとらしく確認し、それからまた窓の外へと目を向けた。空にはやはり雲があるが、けれど割合としては青空の方が多い。左の方をちらりと見やると、彼方に小さく、馴染みのある大観覧車が目に入った。少し霞んだ、その円い形を凝視しながら、彼は再びあの祭りのことを考えた。

 そもそもからして、よく開催することができたものだ。当初の計画、立派な理念を掲げ、美辞麗句で粉飾したテーマを振りかざし、海上の森を切り開いてさあ大々的に、という計画は内外からの反発を食らって敢え無く挫折、それからは市民団体や環境保護団体などからの要求との調整に大わらわといった状態、当時はもうほとんど時間が残されていなかった。彼は、その大騒動のただ中で働いていたのだ。彼は勿論個人的にも、こうあるべきという立場を持っておらず、どちらにも与していなかった。淡々と与えられた仕事をこなしていただけだった。ただ、両陣営の絶対反対・絶対賛成派、所謂絶対主義者、というような人達はあまり好きではなかった。問答無用、聞く耳持たぬ、是か非か、敵か味方か、善か悪か‥‥‥こういう種類の人間達とは、あまり付き合いたくなかったのだ。それよりも妥協点、折衷案を求めて対話の場を設け、急ぎながらも手間隙をかけ、譲るところは譲り、折れるところは折れ、同時にその中で可能な限り自分達にとって有利な面を増やそうと策略をめぐらせ、けっして力ずくではなく、狐と狸の化かし合いのような駆け引きを、知恵を絞って遂行しながら、問題の『重心』とでも言うべき一致点に向けて進んで行こうとする人達、こういう人達に、彼はひそかに共感していた。結局そうした努力が実を結び、滑り込みでの開催が可能となったわけだ。

 これは、もしかしたら民主主義だったのではなかろうか、と彼は常々考えている。小学生の頃からその意味合いを散々に教え込まれてきた、これが、民主主義と言われるものの一つの具体的な現われだったのではあるまいか。この祭り開催までの長く厳しかった一連の作業、これは少なくとも、あのあまりにも淋しい我が国の国政選挙であるとか、海の向こうでけばけばしく行なわれ、世界中で物笑いの種にされている大統領選挙なんぞとは、比較にもならぬ程はるかに価値のある、民主主義と言われるものが形になり得た、一つの実例だったと言ってもいいのではあるまいか。勿論、彼は民主主義という言葉に全幅の信頼を置いているわけでもないし、熱烈な共感を抱いているわけでもない、まして深い信仰心を持ち合わせているわけでもない。それどころか逆に、昔から紙面や電波上で踊り狂っていたこの言葉を、内心では嫌悪していたくらいだ(勿論現在でも)。しかしそれでもこの時代、この国に住んでいる者として、この言葉にも何がしかの意味内容、本質といったものが全く無いわけでもなかろう、という程度の判断を下してはいた。そして今回、この言葉が実体化したものに対面する、という思いもよらぬ経験をすることになってしまった、と思われるのである。ただ、新聞やテレビではこのような動きをほとんど評価していなかったようだ。自分と『彼ら』とはどうも感じ方が違うらしい、彼はそう思った。

 リニモは、今度は大きく左の方へ曲がり始め、太陽もその位置を右側の方へと変えて行った。町の風景も回り舞台の様に振り回される。カーブが終わる頃には高架線もほぼ水平になり、早くも目の前に杁ヶ池公園駅が現われ、列車も速度を落とす。ここも前と同じような単純な造りの駅舎、車両はまたゆっくりと内部へ入って行き、そして静かに停車した。高架上の駅のせいか、扉が開いた時、外の冷気が床の上を這うように入って来て、足元にその冷たい風がまとわりついた。彼は思わず足を縮めた。

 ここはすぐ前にアピタもあるし、界隈が住宅地でもあるので若干の乗降車があった。扉の開閉時の音と順番は同じだが、しかし外の景色はこれまでの駅と違い開けている。左の方だけはアピタの大きな店舗建屋と立体駐車場とで遮られているが、前後と右側は見晴らしがよい。上から見下ろしているせいか、やはり戸建て民家の多さが目につく。そして高架下には四車線のよく整備された道路、東名・名神高速道路に通じているためか交通量はかなり多めである。彼も仕事で自動車を利用する際は、この道を使っていた。その場合いつも頭の上をこのリニモの巨大な高架が続いていたものだから、日差しは遮られしかもかなりの騒音が反響し合い、妙に圧迫感があったのを思い出した。しかし今日はゆったりと開放的に、高架上を走っていられるわけだ。

 出発時の様々な電子音やアナウンスにせかされるようにして、リニモは再び動き始める。アピタを後にすると左右ともに視界が開け、見晴らしが更に広がった。ここから路線はいきなり下り坂となり、列車は速度をぐんぐん増しながら滑り降りて行く。そして下りが終わると、今度は左へのカーブを伴なった上りに入り、そのまま滑らかな力強い走行を続け、少々手荒に引力と遠心力とを堪能させてくれた。公共交通機関としてはなかなかの力動感だ。大きなジェットコースターに乗っているような気分だった。彼は思わず口に出かかった『おおっ』という歓声をどうにか飲み込みながら、内心大いにはしゃいでいた。

 軌道は直に落ち着いて、水平に真直ぐに走り始める。住宅や店舗、学校、駐車場、リニモ線と直角に交差している道路などが車体の両側をゆっくりと流れて行く。本当に、高架上から見ると、町の中にはこんなに住宅があったのかと今更ながらに驚かされた。よくよく考えてみると、自動車を運転している時など、大概道路沿いの目立つところには派手な看板をぶら下げた各種店舗、事務所が陣取っており、住宅はその多くが奥の方に引っ込んでしまっているから、あまり目に付かないものなのだ。ところがこうして高いところから見下ろしてみると、それまで隠れていた多くの住宅がその屋根や窓、ベランダや庭などとともに現れてくることになる。彼は一つ一つの家々に目をやった。

 あの一つ一つの戸やら窓やらに、それぞれ一つ一つの生活の一部がある、というのは実際驚くべきことだ。それどころか数年とか数十年とかの期間、数知れぬ生活の積み重ねがあの一つ一つに刻印されている、ということを考えると本当にあきれてしまう。しかしそういった人々の生活のあれこれは、残って行くことはない。誰もそれらを記録することはない。当の本人達の記憶の中においてさえも、その大部分は忘れ去られてしまうのである。確かに存在したこまごまとした場面々々、通勤・通学とその見送り、出迎え、郵便、宅配、買い物へ行く際の施錠、旅行からの帰宅の際の開錠、呼び鈴、ノック、新聞配達、それに洗濯物や布団を干したり、網戸を閉めたり、雨戸を開けたり、そこから頭を出して空模様をうかがったり、てるてる坊主を吊るしたり、そしてそれらに伴なういろいろな挨拶や呼び声、叫び声、泣き声、笑い声‥‥‥‥。それらはもはやどんな形においても、そのほとんどが存在することはない。それらのごくごく少数が、当事者か身近にいた人の記憶にかろうじて残っている程度、残りは全て跡形もなく消えて行ってしまうのだ。

 ということは、彼が先程「刻印されている」と感じたことは間違いなのだろうか。いや、そうではあるまい、と彼は考えた。時間というものは一つの流れでしかない、それを例えば現在、過去、未来と分解するのは人為的なこと、実際は一つの時間でしかない、空間が一つだけであるのと似たようなものだ、ここもあそこも向こうも一つの空間内にあるように、だから、『ある』と『あった』と『あるだろう』も一つの時間内の出来事だ、つまりは一つのこととしか思われない、かつて確かにあったことはそのものとしてあったのだ、今はもうないから、記録されていないから、と言って、なかったことにはならない、『そのもの』は、だから今でもそこに刻印されているのだ―――

 程なくしてリニモは長久手古戦場駅に到着した。ピンポーン、チロリロリンと右側の扉が開く。ごく少数の客の乗り降り。

 この駅のあたりまで来ると、建物の数がぐんと少なくなってきた。水田や林、森や丘陵などが景色の多くの部分を占めるようになる。左斜め後方には小高い丘に作られた長久手古戦場公園があり、そのほぼ全体を密集した各種の樹木がもこもこと覆っている。

 扉が閉じられ、車両はまた動き出す。軌道ははじめ少し下りになっており、それからすぐに今度は上りながら右へのカーブ、暫くして水平になり、その時点でぐいと加速をし、ぐんぐん速度を上げながらもう一度右の方へとカーブして行く。その間、窓には緑の多いさっぱりとした風景が広がっていた。途中、豊田中央研究所やトヨタ博物館などを通り過ぎる。なかでも緑の中にうずもれるように造られた研究所などは、現代風の感覚からするといかにも近未来的なたたずまいだった。鉄筋コンクリートとアスファルトばかりで埋め尽くされた名古屋駅周辺や栄の街並などよりも余程未来的に見える。地面は一面芝で、水鳥の遊ぶ池を傍らにおき、ほとんど森と言っていいような木立の中で巧みに配置された研究棟群、土地の凸凹をそのまま利用しており、背の低い、平べったい、やたらとガラス部分が目立つ、狐の巣のような不思議なものだ。そして彼の愛する歓楽街と違い、何よりも清潔感が際立っていた。いかにもあの祭りを彷彿とさせる風景―――

 あの祭りのテーマ、何だったか?彼は記憶を探る。最近年のせいかこういったことが苦手になってきた。しかし今回は比較的すんなりと思い出せた。『自然の叡智』、確かそんなようなテーマだった。

 自然という言葉も、実は彼はあまり好きではなかった。確かにある面では好ましいものも沢山ある。春の菜の花、レンゲにモンシロチョウ、初夏の新緑に質量感のある真夏の白い入道雲、乾いた秋風に吹かれ踊り集う色とりどりの枯葉、夜が深まるにつれ段々と増して行く虫の音の響き、そして冬の澄み切った大気と黒と白のみからなる、それでも決して飽きの来ない冷たい夜の雪景色―――。それからとりわけ彼のお気に入りは、陽が落ちる頃、四季を通して見られる西の空の壮大な、しかし静かな一日の終章、夕焼けだ。少なくともあの時の太陽は、不作法でも無遠慮でもない、彼は東南の低い位置でぎらぎらと輝きながら自慢げに笑っているような朝日を、再び目を細めて見やり、そしてすぐに視線を落とした。それから、春夏秋冬様々な場面でこれまで見てきた夕暮れ時の優しい光景を思い浮かべ、思わず「夕焼け小焼けで、日が暮れて」と口ずさんだ。ともあれ、これらはみな、それぞれに結構なものだ。

 しかしこうした美しさも表面的なことなのであって、自然というのは、本当は恐ろしいものなのだ。時折紙面や電波で目や耳にする、「大自然に抱かれて」などという表現からは、彼はついつい、素っ裸でただ一人、樹海の最深部に放り込まれる、といったような状況を連想してしまう。深い森の中を快適に歩くには、それなりに体を成した道と頑丈な靴と丈夫な服とが必要だ。ところがこうしたものは、あくまでも人間が制作したものである。果たして裸足で原生林の道なき道を歩けるだろうか。冗談ではない。裸で何も持たず、夜の森の中で一晩過ごせるだろうか。論外だ。山蛭やスズメバチを筆頭に各種の有害な虫共、皮膚を切り裂いたりかぶれさせたりする危険な植物、いきなり出くわして襲い掛かって来るやもしれぬ大型の動物達―――蝶々やトンボ、かぶと虫ばかりが虫なのではない、タンポポや椿、桜ばかりが植物なのではない、兎やリス、ももんがの類ばかりが動物なのではない。

 地震、台風、津波等々といった災害級のものを考えなくても、自然というものは一皮むけば実際のところ、十分恐ろしいものなのだ。田舎で生まれ育った彼は、そのような意識を持っている。自然とは、数限りない生命の大量生産と大量破壊の際限のない繰り返しから成り立っているのだ。夏の間大量発生したあの蝉共も、卵を産み終え次世代再生の準備を完了すると、如何にももう用無しだと言わんばかりの運命の暴力によって一匹残らず絶滅させられ、その死体は蟻共によって解体される。かぶと虫やバッタその他の虫共も皆同じ末路をたどる。それよりも多少長生きするだろう(我々人間様を含めた)動物達も、一応の役目を終えると、打ち捨てられ蛆虫共によって食い散らかされ、バクテリア連中によって腐敗する。悪臭を放ち汚い液体をあふれさせ、どろどろと溶解して行く。更にそれよりも少しばかり長生きをするだろう樹木なども、いつかは枯れ、倒れ、コケやらカビやらキノコやらにたかられ腐り、ぼろぼろに朽ち果てるという、結局は虫やら動物やらと同様の運命が待ち受けているのだ。

 彼は、小学生の頃、通学途中の道端で死後一週間ほど放っておかれた野良犬の死骸のことをよく覚えている。当時、彼の田舎では野良犬も普通にいたし、動物の死骸の一つや二つ、人目に付く場所にころがっていても平気で放置されていたのだ。彼は毎朝その死骸のかたわらを横切って通学していた。その死骸は日々変化していった。その変化が彼には非常に恐ろしかった。当初は、目を見開き口を開け、舌をだらりと垂らした、何ということもない死骸として横たわっている。季節は丁度秋で、乾いた日差しが照りつけていた。そのうちに蝿がたかり始める。死骸にたかる蝿というのは嫌なものだ。十数匹の蝿が死骸の顔のあたりにとまっては離れ、また降りて来てはその上で動き回っている。さて、それから暫くすると蛆がわいてくる。はじめ、口の中、喉の奥に何か白いものがうごめいているな、と思っていると、それがどんどん口の中一杯に膨れ上がって行き、その嫌らしいものが蛆の群れであることが判明する。その白いうごめくものは目や鼻の方からもあふれ始める。それから今度は、それまで全く動かなかった胴体の腹あたりが波打つようにもぞもぞと、内部で何かがうねっているような妙な動きを始め、さあ、次の日には無数の蛆が皮膚を食い破り、ぞわぞわとあふれ出て来ており、ほとんど犬の死骸全体を覆い尽くすまでになってしまっていた。―――これが『自然』だ。少なくとも、まごうかたなき自然の一側面なのだ。

 やはり彼が幼い頃、季節は晩秋、日曜日の午後森の中へかぶと虫の幼虫を捕りに行った時のことだ。あたりはしんとしていて肌寒く、落ち葉を踏む音と鳥の断片的なさえずり、風で木の葉が鳴る音くらいが微かに響いているばかりだった。空気は澄んでおり、気持ちが良い。前もって目を付けておいた場所に到着すると、そこにしゃがみこみ、木漏れ日をたよりに持参した潮干狩り用の熊手でゆっくりと捜索を開始した。先ず落ち葉の層を取り除いて行く。するといろいろと出て来るわけだ。腐った枯枝や木の実、それらにとりついた黴やら各種菌糸類、どんなに気持ちの良い場所でもちょっと裏を覗けば、毎度のことながら腐敗の世界が現われる。それから巨大ミミズ、小さな甲虫、ナメクジ、名前も分からない、虫なのかも分からない、茶色のねばねばした液体を出すひどく細長いもの、動いているから虫なんだろうけれど。そんなお世辞にも美しいとは言えないような連中を蹴散らしながら、白い丸まったもっこりしたかぶと虫の幼虫を探していると、いきなり掴んでいた熊手の先から、ぐにょりとした気味の悪い感触が伝わって来た。目を凝らすと、見たこともない幼虫の群れだった。長い体の節々に変な具合に毛が生え、凶暴そうな爪のある多くの脚をばたつかせ、いかにも肉食でございますというような大きな顎と牙を持ち、悪意のこもった複眼をゆすりながら、そんな奴らが何十匹も集まり、からまりあってうごめいていたのである。この群れは一体、地中どこいらあたりの深さにまで達しているのか、それよりもこの群れの下には一体何があるんだろうか、何かがなければこんな奴らが団体でいるわけがない、そう、こいつらは何かにたかってやがるんだ、こいつらの好みそうな、ろくでもない何かに、幼い彼は悲鳴を上げて一目散に逃げ帰った―――これが『自然』なのだ、と彼はしみじみ考える。美しい景色も一皮むけばこうなのだ。森の空気を彩る木漏れ日が穏やかな光をそそいでいる、たおやかな落ち葉の絨毯の下には、どこもかしこもこんな世界がうごめいている、というわけなのだ。

 さて、列車の方は暫くして芸大通駅に到着した。この頃には、彼もすっかり慣れてしまっていたので、あまりリニモそのものには刺激を感じなくなっていた。ただここでは、近くの高校の生徒や、駅名にもなっている芸術大学の学生が幾人か降りて行ったらしい。駅の構内から、開いた扉を通して若い人達の楽し気な笑い声や会話などが明るく響いてくる。しかしそれも、例の警報音とアナウンスにかき消され、扉が閉まるとすっかり消えてなくなった。列車は再び動き出す。

 右手には東名高速から分岐してきた長久手インターチェンジ、そこからそのまま名古屋・瀬戸道路へと下りて行く高架道路がリニモの路線の上をまたぎ立体交差している。そこを過ぎると、リニモの高架は巨大なSの字を描いてずっと前方まで延びて行く。と、左遠方の林の向こうに愛知県立大学の学舎が二つ見えた。まったく同じ形をした九階建ての双子の建物が、その上半分を樹々の上からのぞかせている。それらは長方形と正方形で囲まれた綺麗な立方体で、屋上には塔屋が、これも正六面体に近い立方体なのだが、小さくちょこんとのっかっている。それらはまるで―――『ロボットのおっぱい』、と彼は小さく声に出してみて、くすくすと笑った。申し訳ない、彼はあまり品がよろしくないのだ。彼がこの表現を思いついたのは、今が初めてなのではない。半年ほど前、まだリニモが常時満員状態だった頃の或る日、リニモでの通勤途中、身動きも出来ずに手摺にしがみついていた時、他の乗客達の沢山の頭のすき間からちらりとその形体を目にした瞬間、心に浮かんだ言葉であった。その時も、彼はやはりにやにやと笑った。そして周りの人々から怪訝な顔をされた。そんなこともあったのだ。その時の状況に対し敵を取るかのように、彼は座ったまま大きく背伸びをした。

 高速道路とリニモの高架の雄大な立体交差をくぐり抜け、そして少し前に通り過ぎたトヨタ関連の研究施設などを思い出し、またあの祭りに出展された様々なパビリオンの魔法の様なからくりを回想しつつ、彼は、科学技術というものは大したものだ、と嘆息した。がしかし、次の瞬間、彼の心の冷笑的な部分がまたぞろ目を覚ました。彼は『科学』という言葉も嫌いだったのだ。

 彼自身数学や物理、化学などが苦手だった、という面もあるにはあるが、そればかりではない。ちょっと考えてみよう。ある科学理論が解る、という場合、当然ある人間がその理論の、少なくともその骨子を理解している、ということを意味する。万有引力の法則くらいまでなら、細かいところはともかくも、誰もが大筋は理解していると言ってもよろしかろう。しかし量子力学とやらにまでいくと、大量の脱落者が出るに違いない。ましてや現代科学の最先端などといったら、理解している人間の数はごくごく限られたものになるはずだ。彼は、高校生の頃相対性理論についての本を読んでいて、この理論を理解できるのは世界中で数人程ほどしかいないだろう、というようないかにも勿体ぶった文章に出くわして、苦笑した覚えがある。―――さて、ところで科学理論というものは、どこに存在しているのだろうか。そのものとして、いわば自然的に存在しているのだろうか。そんなことはあるまい。天動説だって、数百年間正しいものとされてきたのに、その後、実は誤っていたということになってしまった。ということは、どんな理論だって、いつ何時ひっくり返ってしまうか、若しくは乗り越えられてしまうか、分からないようなものなのだ。ということはやはり、人間界に存在しているもの、としか言えない。ならば、人間界のどこにあるのだろうか。本の中か、コンピューターの中か、つまり記号として、記号そのものとして存在しているのだろうか。これも違うだろう。記号は、それ自体としては何の意味も持っていない。それは、読み取られることによって意味が与えられ、意味が形成されるわけだ。ということは、人間の頭の中にある、としか言えないことになる。となると、つまりは最先端の科学理論というものは、全人類中、それを『理解している』ほんの一握りの人間達の頭の中にしか存在していないことになる。

 その他大勢の人間達は、ではその難解な科学理論にどう対峙すべきなのか。それを受け入れるということは、その理論の結論をそのまま信じる、ということでしかないのではなかろうか。とすると、宗教の信仰心とどういう違いがあるのだろうか。いやそんなことはない、科学というものは何も特殊な能力を必要とするものではなく、誰にでも理解可能なものなのだ、という意見もあろう。しかし、この『可能』というのが曲者だ。そういった理論を理解するためには、余程の優れた頭脳でも持っていない限り、何年も何年も勉学に励む必要がある。大学の偉い先生達は皆そうしてきているはずだ。そんなことは通常の人間はまず出来ない(し、する気もない)。学生生活を終えたら、ほとんどの人達は生活するために仕事をしなければならない。『可能』といえば可能だが、0.1%の確率でも可能性はあるのだし、99.9%でも絶対とは言えないわけだ。宝くじに当たることだって、買いさえすれば当選可能なのだ。それでも可能、可能と言い立てるならば、どこかの宗教の求道者、何らかの悟りを開いた人物に尋ねてみるとよい、自分も悟りを開くことは可能であるか、と。おそらく彼は答えるだろう、勿論可能であると。そして次に続く言葉はきっとこんな風だろう。ただしそのためには修行が必要だ、時間に関しては人によって異なるけれども、十年か、三十年か、五十年か、それでも一生懸命やれば可能であろう、と。

 偉い科学者は、人生の多くの時間を勉強に費やし、難しい理論を頭の中で理解する、もっと偉い人は新しい理論を編み出す。偉い宗教家は人生の多くの時間を修行に費やし、得難い悟りを開く。両方やれる人はおそらくいない。科学者にとっては、数十年にもわたる宗教的な修行などは何の意味もない。だから自分はしない(し、やる気もない)と言うだろう。そしてあからさまには言わないまでも、内心では、宗教家の体得した『真理』とやらは幻覚の類であると断ずる。これは確かに一方的だ。自分の頭の中にある『真理』は正しく、他人の頭の中にある『真理』は誤りである、と勝手に決めつけてしまっているわけだから。この科学者の独断は、しかし巨大な説得力を持っている。なにしろ科学者の側には、彼らの頭の中にある理論に裏打ちされた現代科学文明という、目に見える形での赫々たる成果が人々の目の前にどん、と置かれているのだ。有無を言わせぬ迫力がある。一般庶民は畏れ敬い、畏まり、その前にひれ伏して訳の分からぬまま皆で科学を敬う賛美歌を歌う。偉い科学者の頭の中にあるものだけが『真理』なのだ。本人も世間もそれを認めている。それに比べ、宗教家、求道者の方はまことに分が悪い。

 さてしかし、それはそれとして、問題になるのは、前にも言ったように、この世の大部分の人間は科学者でも求道者でもない、ということだ。そして、どちらの究極の理論、教えについても、本当に理解できてはいない、ということなのだ。結局のところ、それらを受け入れようとすると、どちらも『信じる』ということに落ち着かざるを得ない。人類の大部分にとっては、科学だって宗教だってこの面では何ら変わるところはない。それなのに、昨今は科学の方ばかりが偉そうな態度をとっている―――

 こういうわけで、彼は『科学』とか『科学的』とかいう言葉が、その限りない胡散臭さの故に、嫌いだった。

 かと言って別段、ことさら宗教の方に肩入れしているわけでもない。彼はごく普通の日本人であり、熱心な仏教徒ではある。仏壇の手入れは怠りなく、墓参りも欠かさない。しかしそれでも、胸を張って本物だと言えるような信仰心を持っているかと問われたら、自信はない。結局はよたよたしているばかりなのだ。自然に対しても、科学に対しても、宗教に対しても、表面だけ、役に立つものだけ、何となく安心できるため、時折いろいろな領域で休息を取りながら、ゆらゆらと漂っているばかりなのだ。だから当然、全てを否定しようなどという気もさらさらない。山紫水明を実は愛好しているし、科学技術の恩恵は有難く享受させてもらっている。仏性というものについても何らかの存在を感じてはいる。結局彼はごく平凡な、そしてごくごくありきたりの日本人なのだ。

 そんなどうでもよいことをあれこれ考えていると、いつの間にやら正面にあの観覧車が堂々たる姿を現し始めた。と同時に、高架下の両側には広々とした駐車場が、いや駐車場跡が見えてきた。観覧車はすでにその動きを止め、来年の春まで回ることはない。しかし残してはもらえる。それに対して、駐車場はお払い箱だ。バスや乗用車の代わりに撤去作業用の工事車両が一ダース程停まっている。街路灯や標識などはとっくに取り払われてしまった。そればかりか、もう所々アスファルトが剥がされ、地面が茶色く露出してしまっている。ここも数年前は田畑が広がっていたのだ。これからはどうするのだろう。元通りにする、というようなことを担当者は言っていた。しかし本当に元に戻るのだろうか。あんなにアスファルトで覆ってしまって、二年間くらい、陽の光も当たらず、雨水も浸み込まず、息も出来ず、あの土地は死んでしまったのではなかろうか、本当に生き返るのだろうか、またわんさと米を、じゃがいもを、なす、かぼちゃ、玉ねぎを産み出すことが出来るようになるのだろうか―――しかしそんな心配は無用だろう。もとに戻るに違いない。なにしろ、自然というものはおそろしいものなのだ。そんなやわなものであるわけがない。

 作業員達の姿もちらほらと見える。皆心なしか疲れているようだ。朝っぱらからしょぼくれているようだ。これからの仕事は解体と撤去、破壊と産廃の運び出し、そういうものなのだから。これが終われば、また農地の整備が始まる、もしかしたらこの辺の一部は新しい公園の一部になるかもしれない。けれどもこの今、眼前の仕事は、なにしろ破壊なのだ。祭りは終わったのだ。

 リニモは静かに公園西駅へ入って行き、右手の景色は遮られた。リニモはゆっくりと停車する。彼は横目で左の方を見、車窓に薄く映っている自分の横顔と撤去工事中の駐車場の様子を重ねてながめてみた。

 勿論、自分自身もそのお仲間だ。数年前の職場異動の時、こんな大きなプロジェクトに参加するのだ、これまでと違って何か創造的な仕事に係わるのだ、という意識が少しはあった。内心柄にもなく期待などをしていたのだ。しかし実際の仕事は、それまでと大して変わらないものだった。常々感じていたのだが、仕事にしても何にしても、どうもいつも、ただただ追い立てられ、こき使われていただけのような気がする。小綺麗に表現すれば、縁の下の力持ち、有体に言えば、捨て石、雑兵の類、そう、類だ。そして時折、スポットライトを浴びている舞台上の人間を眩し気に、目をしばたたかせながら仰ぎ見るのだ。前の職場と同じ様な仕事、その前の職場と同じ様な仕事、そしてまたその前の前の職場とも同じ様な―――やっぱりそうだったなあ、彼は情けなさそうに苦笑いをした。

 そんなことは分かりきっていたことなのだ。『価値』という言葉が幅をきかせているこの人間界においては、皆この『価値』で測られることになっているのだから。『価値』という言葉の御眼鏡に適い、きらびやかに飾り立てられる一握りの人間どもの下には、その幾千万倍にものぼる無数の人間どもがうようよとうごめいていて、そのイルミネーションを支えているという寸法だ。彼はその情景を戯画的に想像してみて、またその場面の最下層でごにょごにょと蛆虫の様にのたうっている自分自身の哀れな姿を思い浮かべ、それからさも可笑しそうにくすくすと笑った。(まあ、今更自虐でもあるまい)

 電子的合成音の様な構内・車内放送、扉の開閉音、滑らかな動力音といったすっかりお馴染みになった儀式の後、リニモは発車した。次は漸く目的地だ。

 少し上りになっているせいか、速度は緩やかである。右の方へと大きなカーブを描いた高架上を、リニモは静かに進んで行った。鮮やかに色づいた丘陵が左右に広がる。右手には巨大な観覧車がぐんぐんと迫って来るが、進むにつれてその円形が楕円となり、それからどんどんと扁平になって行く。左手に野球用のグラウンドと森にうずもれた二つの池を過ぎる頃、かすかにラジオ体操の音楽が聞こえて来た。右下を見やると、丘の中腹の猫の額ほどの平地にプレハブ二階建ての詰所があり、その前で十数人の作業服姿の男達が窮屈そうに、さも面倒くさそうに仕事前の準備運動をしているのだった。

 彼もやはりやれやれという風に、鞄を手にして立ち上がった。そしてこれまで大いに楽しませてもらった座席にちらりと目をやってから、右の扉の方へ歩み寄り、縦に取り付けられた手摺を掴んで、相変わらずまぶしく照りつける日の光に目を細めながら、扉の窓から外を見た。その時リニモは、今度は大きく左へと向きを変えて、そして窓一杯にあの祭りの会場が現在のその全貌を現したのである。

 廃墟だ、と彼は思わず呟いた。様々なパビリオンは破壊と崩落の途上にあった。或るものは外壁の一部がぎざぎざに切り取られ、内部の設備、装飾がはらわたの様に外部へ飛び出してしまっている。或るものは外壁の全てが取り払われ、きれいに白骨化してしまっている。また或るものは早くも全体が取り壊されてしまっており、土台、基部のみが空しく露出しているばかり。まだ取り壊しが始まっていないかに見える建物も、妙にくすんで生気がなく、老いさらばえてしまっていた。会場内の道路からは、ベンチ、自動販売機、簡易移動式の売店など、こまごましたものがあらかた姿を消しており、街路灯ばかりが点々と並んでいる。グローバルループはまだ手付かずのようだったが、そののっぺりと広々とした様子がいかにもわびしげだった。所々に廃材が積まれ、ダンプカー、ショベルカーなどの車両が工事作業途中そのままに、何の秩序もなく放置してある。

 その全てが遺跡の様でもあった。或る一つの文明の終わり、そのまま打ち捨てられ朽ち果てた或る時代の残骸。この祭りは半年間しか開催されなかったわけだが、この空間内には今長大な『時』が流れ込み、凝縮され、濃密な時間が集中的にこの場を、その恐るべき力で侵蝕しつつある。虚無感が支配しているのである。

 この廃墟を強い朝日が照らし出していた。その光は西南東の三方を低い山々で囲まれた会場を、廃墟と成り果てたこの祭りの会場を、その細部に至るまで情け容赦なく、ぐっぐっと太い線でもって浮き上がらせている。何故だか様々な色彩が一斉に後退し、全体がその部分の一つ一つにまで、光と影による、黒と白のみの立体的な版画と化していた。その時だ、呆然とこの光景をながめていた彼が、その目を虚ろにさまよわせていると、視界の上の方の隅っこに、鮮やかな色彩の印象がちらりと横切ったのである。それは太陽の方角だった。

 目を細めて彼がそちらを見やると、それは何と、太陽を囲む円い虹だった。所々切れ切れにではあるが、それでも太陽を中心にぐるりと輪を描いていることがはっきりと分かる程に、七色の光がバウムクーヘンの様に浮かんでいた。ハロというやつだ、虹のハロ。丁度この会場跡の上空で、太陽を中心に円く輝く虹、そしてあたかも虹そのものから放射されているかのような朝の陽光が、下界を照らしている。ごちゃごちゃとした工事現場、瓦礫と折れ曲がった鉄筋と、錆びついた鉄骨と、砕かれたアスファルトと廃棄物の集積場、もはや何の価値も認められず、散々利用し尽くされた挙句に打ち壊されつつある、この祭りの会場跡を、朝日が虹を通して惜しみなく降り注ぎ、祝福しているかのように七色に染め上げていたのである―――と、これは冗談であるが、しかしこの時、会場跡は朝日によって満たされ輝き、確かに祝福を受けていた。またその陽光はあくまでも静かであり、陽気であり柔和であり、決して不作法でも無遠慮でもなかった。

 この光景のただ中を人影が一つ動いている。作業服に安全靴、ヘルメットを被ったいかにも現場の人間といった風の男が一人、背中を丸めてとぼとぼと歩いているのだ。長い影を引きずりながら、しかし惜しみなく注がれる優しい光を浴びながら。それからリニモの車窓からこの有様をながめている惨めな彼自身も、同じ様にまた、まぶしい日の光をたっぷりと浴びながら立ち尽くしていたのだった。

 そうして彼は、この光景を前にして深く、その頭を垂れたのである。


    *      *      *      *      *


 その間およそ数秒程であったろうか、いきなり窓一杯に広がっていた光が遮られ、軌道とホームとを隔てるカーテンウォールの窓枠が目の前をばらばらと横切り始めた。彼は一瞬間きょとんとした表情を浮かべ、それからゆっくり微笑んだ。彼の乗るリニモが速度を落としながら、ようやく目的地である万博会場駅へと入って来たのだ。この駅名も暫くすると新しい名称に変更される。今度はどんな駅名になるんだろう、とぼんやり考えた時、すぐに彼が思い浮かべた駅名は、『万博会場跡駅』。

 構内に人影はない。車内から見えるがらんとした様子。無人のベンチ、触れる者のない手摺、空しく反響するアナウンスと警報音、当然のことながら出発地の藤が丘駅と同じ様に、ここもかつては―――しかし、また同じ話を繰り返す気も、彼にはない。

 列車が停車し扉が開くと、彼は駅に降り立った。他に降車客はいない。乗車客も勿論いない。一人佇む彼は、しかし今回は身震いすることはなかった。ホームの四方を厚いガラスで囲んであるため、冷たい風を遮ってくれているからだ。向かいのホームにも同じ様にカーテンウォールがしつらえてあり、それぞれの窓枠が互い違いに重なり合って見える。それらが景色を四角く裁断しているため、つぎはぎ状態となってしまっている会場跡が見渡せた。しかし、こうしていくつかの四角形から組み立てられたその風景は、すっかりくすんでしまっており、つい先程の祝福に満ちたあの光景は夢見たように消え去っていた、太陽のまわりの円い虹もろとも、跡形もなく。

 リニアは扉を閉めると、お馴染みのリィュウゥーという音を響かせながら、本当に滑るように走り去って行った。これから陶磁器資料館前、万博八草へと向かうのだ。

 彼はその後ろ姿を暫く見送っていたが、一つ小さく頷くと体の向きを変え、ゆっくりと歩きだした。彼の歩いて行く方向には、ホームのガラス越しに遠く濃尾平野が開け、そのまた向こうには鈴鹿の山々が地平線に延びる雲の様に紫色にくっきりと見える。名古屋の町はかすみにうっすらと、その中でいかにも心地良いといった風に名古屋駅の二つの高層ビルが道祖神さながら、小さく仲良く並んでいる。いい景色であった。

 それでは我々もここいらで彼を見送ることとしよう。人様の心の内を、いつまでものぞいているというのは、あまり趣味のいいことではあるまいから。


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