ifの念
『もしもし、あなたのもしもは何?』
ネット掲示板で見かけた電話番号にかけると、そう返ってきた。
この電話番号は「もしも〜だったら」と言ったことを叶えてくれるらしい。
「えーっと、そうだな...」
電話をかけたのは良いが、僕の考えるもしもが無かった。どうせ都市伝説だろうと思って、なんとなく電話をかけてみただけなのだ。
『ただの噂話だと思ってるだろう。何か言ってみろよ』
「じゃあ、もしも僕が有名なミュージシャンになったら」
小さい頃の、諦めた夢を言ってみた。
『本当に良いのか?』
電話越しにそう聞こえた。催促しておいて何故渋るのか。
『ミュージシャンっていうのは、称賛されてはいるけど、その裏で酷い誹謗中傷を受けてる。もしもを実現させたら二度と戻れないけど、いいの?』
「いいよ、それでもやってくれよ」
『わかった。六時間以上寝ろ、起きたらお前は有名人だ』
そう言って相手は電話を切った。
翌朝、僕のSNSはフォロワーが四十万人になっていた。
動画サイトに自分が上げたと思われるリリックビデオも一億回再生されていた。
僕はその曲を聴いた。
そうだ、僕はこういうことを歌にしたかった。
自分自身の孤独を歌った曲。
世の中にも孤独を歌った曲は少なくない。
しかし、彼らは一緒に音楽を作り演奏をする、共同作業者というのが居るから、本当に孤独ではない。
孤独のふりをして、人の気を引く彼らに対して、自殺しろとすら思っている。
この国で一番人口密度の高い、日本国の東京都に住んでいながら、周りに友達も居なく、職場の高慢な社員と古株のバイトにハブられるフリーターの僕こそが、真の孤独なのだ。
そして、音楽の知識と技術もないのにいつの間にかできていたこの曲が、本当の孤独を歌った曲だ。
僕のもしもは現実になった。都市伝説だと思っていたが、本当の話だった。もしもを現実にさせた電話越しの相手に畏怖した。
しばらくして、僕の曲を模倣した曲や文学作品がネットに上がるようになった。
僕の作品が他の人に模倣されるのはとても嫌だった。例の番号に電話をかける。
『もしもし、あなたのもしもは何?』
「なあ、この世界からパクリが全てなくなれば良いと思うんだ」
『本当に良いのか?』
「なぜ渋る?良いから早くやってくれよ」
『いや、もしそうなったらお前がいつも聴いてるアーティストや好きな小説家は存在していないだろう。そしたらお前がミュージシャンになることはないし、創作意欲を持つこともないだろう。つまりこの話も無くなる。二度と戻れなくなるけど、それでもやるの?』
そう言われて、僕はヨルシカやずとまよが無い世界。伊坂幸太郎や浦賀和宏がいない世界を想像し、畏怖した。
「そうか...それは困るな。ちょっと保留にしてくれ。僕が自殺するまで待ってくれ」
僕は誹謗中傷に苛まれていた。