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最近のノマドは。

遊牧民ダリウスと共に羊たちの草を求めて、バンに揺られながら草原を進む。何だかんだ文句を言いながらも、付き合ってしまう猫のアレクセイだが、天幕を片付けるのにもなかなか骨が折れることを改めて知る。

「悪いね、私まで乗せてもらって。」


助手席で前後に揺られながら、ハンドルを握るダリウスに話しかける。


「いいですよ、この方が歩くより快適でしょ?」


前を見ながらダリウスが、こちら言葉に相槌を打つ。


羊たちは、私達の乗るバンに後ろから追い立てられながら、氷となった雪が所々に残る大地を少しずつ進む。


途中、群れより異なる方向に向かおうとする一部の羊たちを、牧羊犬のタリクが賺さず後ろより逸れないようにフォローに回る。


流れるように元の位置に戻ると姿勢を低くし羊の群れの周りを彷徨きながら、全体のペースを警戒する。


一番最初に天幕の中に飛び込んできたかと思うと、肉を豪快にバキュームのように貪り始めた姿を目にした際は、何て躾のなっていない野蛮な生き物だと思った。


しかし羊たちの行方に片時も目を離さない今のタリクの真剣な姿は、まるで別人、いや別犬であり多少なりとも評価に値するだろう。


バンとタリクの進む速度を調整しながら、羊たちの進む方向を導くのは、非常に骨が折れる。


バンの進む速度が速すぎるとバンを避けたい羊の群れは、分断されて散り散りになる。


さりとて遅すぎても、羊の群れはそれぞれ行きたい方向へ拡散していくので、収集がつかなくなりタリクだけでは、フォロー出来る範囲がとてもでは無いが収まりきらない。


飼い主と牧羊犬の息が揃って、初めて成立する業なのである。


「それにしても本当にさっきはご苦労さまでした、先生。」


「いやー、全くだよ...流石に疲れた。どんだけあるんだい君の荷物...」


私が溜息をつくと、ダリウスは高らかに声を上げて笑った。


「あっはっは! 遊牧民は定住しないと言えど、必要なものは多いですからね。冬も厳しい、この大地で生きるとなると特に。このバンに詰め込める程度で今は何とか抑えています。」


肉に釣られて結局、私は働く約束をしてしまったが、それが間違いの始まりだったと気づいたのは、作業に取り掛かってすぐのことだった。


___数時間前


天幕の中の家具を全てバンへ積み込み、天幕を撤去する。


天幕の構造は至って機能的に作られ、一定の期間留まり、短時間で片付けられる時短作業に最適である。


骨組みは格子状に組まれているので、折りたたまれた骨組みを左右に広げると伸び縮みし、壁を円状に建てることが出来る。


また天幕の中央に伸びる二本の柱が、屋根を形作る天窓の骨組みを下から支える。


天窓の枠から外側にかけていくつも骨が伸びており、その骨組みの上から毛布を掛けることで部屋を暖かく保つ。


反対に天窓の枠の内側の骨組みは、焜炉より伸びた煙突の先が屋根の外へ出せるようになっているものの、雨になると煙突を中へ仕舞い込み、普段開けている天窓にも毛布をかけて穴を塞ぎ、雨が入らないようにしているのだそうだ。


「ふーっ!!君は!...いつも...んっしょ...これを...たった一人で....よっ!...組み立てているのかい...?」


ドーム状の天幕にかかる幕を、私の全身全霊の力で体重を乗せながら少しずつ引っぺがしつつ、私は家具を次々に外へ運び出すダリウスに話しかけた。


「うーん、そうですねえ、まあでも昔に比べたら天幕も組み立てが本当に便利になったみたいです。ほら。」


食台を外へ運び出すと、ダリウスは中央にそそり立つ二本の柱に歩み寄ると、柱の表面のボタンを指で押した。


すると、二本の柱がゆっくり床に向かって機械音を立てながら縮み始めたかと思うと、上に伸ばしたダリウスの肘付近まで下がり、十分天井に手が届く高さになったところで停止した。


ダリウスが下ってきた天窓の枠に着いているスイッチに触れると、天窓の枠が中心が回転しながら内側が縮むと同時に、外側に伸びるいくつもの骨組みは、その回転を利用して中心に向かって巻き付き、やがてダリウスの手のひらに全体が収まる大きさとなった。


「なんだ、一部の組み立てが自動になってるのか。最近の遊牧民の生活もかなり現代化されているんだね。」


一部の自動による工程を見ながら私は感心していた。


手で運べるサイズにまで小さくなった骨組みをバンの荷台に次々と積み込みながら、ダリウスは相槌を打つ。


「ですね。これで普段も一人で天幕を張れるってわけです。あ、先生。そっち持ってください。」


言われるがまま、天幕の端を二人で持って十分伸ばす。


「んしょ...なるほどね。それだったら一層のこと全部自動式の天幕にすればいいのに。もっといいの、売ってない?」


二人で協力し、回収した骨組みを纏めて広げた幕に包んでそれをダリウスがバンに押し込め、額を拭う。


「ふぃー...いやー、あるにはあるんですけど高いんですよねえ。僕もほんとはあったらいいなあとは思うんですけど。」


バンにたった今積み込んだ幕を右手で軽く叩いて、ダリウスはこちらに向かって微笑んだ。


「まあでも、一から全部手作業で組み立てることに比べると楽だし、一部だけこうやってやること残してると、却ってその分愛着も湧くんで、今はこれに落ち着いてます。」


___数時間後


そんなわけで、歩くよりも少し速いぐらいのスピードでグラグラ揺れるバンの行く先を進める。


と、羊たちが歩みを急に止めた。


同時に少し先から先導していたタリクも、ピタリとその場から動かなくなり、視線を一点より変えようとしない。


私も古来先祖から受け継ぐ、野性の勘が働いているのか、先程より妙な胸騒ぎが止まらない。


「ダリウス君。何か変だ。」


「先生、大丈夫ですか? ちょっと先の様子を見てきましょうか。」


そう告げると、ドアを押し開け運転席より飛び降りた。


(これは見届けないといけない)


本能的に思った私はダリウスの後ろに続いて、足元に置いていた鞄を掴み取ると、助手席より飛び降りた。


「先生、今何らかな危険が迫っています。先生はここにいた方が。」


「いや、私も行かなければ。もし付いていけなれば置いていってくれて構わない。」


「分かりました。恐らくあの丘の先に何かあるのでしょう。無理だけはしないでください。おいで、タリク。」


胸より首に掛けた犬笛をダリウスが吹くと、瞬時に音を立てず、姿勢を低くした状態でこちらへ駆け寄ってきた。


正確に言うと犬笛の音は、犬に聞き取れる周波数で奏でられる為、遠くにいる犬に指示を出すにはもってこいな便利道具である。


朝の駄犬っぷりからは全く想像がつかない程の忠犬っぷりをこの犬笛でもタリクは披露してくれるので、事あるごとにいちいち感動してしまう。


ちなみに猫である私の耳にもばっちり聞こえている。


そんなわけで、行く少し先に待ち構える丘の向こうを確かめるべく、一人と二匹は身を潜めながら丘の向こうを覗きに向かった。

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