色彩
空が青色だと知っている。イチゴが赤色だと知っている。葉っぱが緑色だと知ってる。お星さまが黄色だと知っている。僕は、何がどんな色をしているのかを知っている。
でも僕は、青色の空を知らない。赤色のイチゴを知らない。緑色の葉っぱを知らない。黄色のお星さまを知らない。僕は、何がどんな色なのかを知らない。
僕の知っている世界は、真っ暗闇だ。
「セトリ、こちらへおいで。」
「はい。お母さま。」
お母さまの優しい声が僕を呼ぶ。お母さまは、世界の美しさをいつも教えてくれる。僕には見えない世界を魅せてくれる。だから僕は、この世界に不満はない。
十二歳の誕生日に、何か欲しい物はあるかと尋ねられた時、興味本位で「この目隠しを取って、お母さまが教えてくれた美しい世界を見てみたい。」と言ったら、優しいお母さまが初めて怒って僕を叩いた。何度も何度も僕を叩くお母さまは、声を荒げて「あなたは何も知らなくていいのに、何で。」と、繰り返し口にしていた。それ以降、僕は目隠しのことを話題に挙げなくなった。
「ねぇ、セトリ。オッドアイって知ってる。」
「うん。確か、目の色が左右で違うことだよね。」
「そうよ。あなたの目もそうなのよ。」
「そうなの。」
「えぇ。そういえば、明後日はあなたの十八歳の誕生日ね。」
「そうだっけ。」
「えぇ。なにか欲しい物はあるかしら。」
「じゃあ、新しい本が欲しいな。」
「いいわよ。面白い本を用意しておくわね。」
「ありがとう。」
「ふふっ。セトリ、愛しているわ。」
新しい本は、冒険小説だった。少年が街を飛び出して、世界中の美しい物を発見する話だった。とても面白かった。
「お母さま。もうすぐお母さまの誕生日だけど、僕に何かできることはないかな。」
「どうしたの。」
「僕も、お母さまに何かしてあげたいんだ。できることならなんでもいいよ。」
「そうね。それじゃあ欲しい物があるのだけれど、くれるかしら。」
「もちろんいいよ。何が欲しいの。」
「当日まで秘密よ。」
「それじゃあ用意できないじゃないか。」
「大丈夫よ。すぐに用意できる物だから。」
「わかったよ。」
お母さまの誕生日。朝からお母さまは、嬉しそうだった。
「お母さま。欲しい物って何。」
「それはね…。」
お母さまは、僕の頬に手を当てた。
「あなたの両目よ。」
その時初めて、お母さまが僕の目隠しを外した。あまりの眩しさに、真っ暗闇だった世界が一瞬にして真っ白になった。
「美しい瞳ね。」
左目にお母さまの指が触れる。ゴリュッという音が、脳内に響く。同時に気絶しそうな程の激痛が、顔全体に走った。顔に大きな穴が開いたような感覚があった。
「ああああああああああああああああああああああ…」
「痛いわよね。でも、まだ終わってないのよ。」
激痛に耐えながら、右目を開いてみると何かが迫って来ていた。ゴリュッという音とともに眼球が抜き取られた。
「やっぱり綺麗な瞳ね。赤色と青色はあなたもわかるでしょ。」
うっとりとしたお母さまの声が聞こえる。そういえば昔、血は赤色だと教えてもらった。最初で最後に見た色は、血の赤色だったのだろうか。
「やっと手に入れた。もう、あなたは必要ないわ。」
首筋に冷たく尖ったものが当てられる。
「さようなら。ありがとう。」
お母さま、愛してたよ。